誰かが先に帰っている―深夜の家で待つ祖母の影

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ある美しい女性は、自分の隣に老婆の幽霊がいるのを見てショックを受けた。

新居で起きた不可解な出来事と見えない同居人の正体

アイミは、誰の目から見ても理想的な女性だった。
大きく澄んだ瞳、整った顔立ち、柔らかく落ち着いた話し方。
都内でも有名な広告会社で働く彼女は、若手ながら企画力と行動力を兼ね備え、上司からの信頼も厚かった。
同僚たちの間ではいつしか「オフィスのアイドル」と呼ばれる存在となり、男女問わず慕われていた。

「アイミさん、今日のプレゼン、本当にすごかったです」
「ありがとう。でも、まだ改善できるところがあると思うの」

謙虚で、努力を惜しまない姿勢も、彼女が好かれる理由だった。

しかし、その輝かしい日常の裏で、アイミは密かに疲弊していた。
実家から会社までは電車で片道二時間近く。
毎日の残業、終電、眠れない夜。

「……このままじゃ、体がもたない」

そう呟いた夜、彼女は引っ越しを決意した。

数週間後、アイミは会社から歩いて通える距離にある住宅街で、一軒の古い家を見つけた。

築年数はかなり経っているが、家賃は相場よりも明らかに安い。

庭付きの一軒家で、静かで、人通りも少なく、まるで家は存在しなかった―配達員ユイが辿り着いた消えた住所の恐怖を思わせるような、この場所だけが現実から切り離された存在のように感じられた。

「……ここ、変だけど……落ち着く」

不動産会社の担当者は、少し歯切れの悪い説明をしたが、大きな問題はないと言った。
アイミは深く考えず、契約書にサインをした。

引っ越し当日。
両親は仕事の都合で来られず、アイミは一人で段ボールを運び込んだ。
畳の匂い、軋む床、古い柱時計。
どこか懐かしく、胸の奥が少しだけ締めつけられる感覚があった。

「……変なの」

誰かに見られているような、そんな錯覚。
だが、疲れのせいだと自分に言い聞かせた。

その夜、アイミは段ボールに囲まれたまま、深い眠りに落ちた。

――異変が起きたのは、引っ越しから一週間ほど経った頃だった。

その日も深夜まで残業し、帰宅したのは午前一時過ぎ。
住宅街は完全に眠り、虫の声だけが微かに聞こえていた。

角を曲がり、自分の家が視界に入った瞬間、アイミの足が止まった。

「……え?」

家の中も、玄関灯も、庭の明かりも、すべてが煌々と点いている。
まるで、誰かが先に帰って、彼女の帰りを待っていたかのように。

「……鍵、ちゃんとかけたよね……」

震える手で鍵を取り出し、恐る恐る差し込む。
カチャリ、と確かな感触。
鍵は、確かに閉まっていた。

「……じゃあ、誰が……?」

玄関を開けた瞬間、温かい空気と共に、懐かしい料理の匂いが流れ出してきた。

「……え……?」

リビングのテーブルには、炊き立ての白いご飯、湯気の立つ味噌汁、丁寧に煮付けられた魚、小鉢の漬物。

どれも、幼い頃に食べた記憶を刺激する料理で、まるで母が毎晩同じことを聞く村で起きた恐怖の真実のように、優しさの裏に説明できない違和感が潜んでいた。


「……お母さん?」

呼びかけても、返事はない。

最初、アイミは深く考えなかった。
「きっと、昼間に両親が来てくれたんだ」
そう思い込み、その夜は用意された食事を口にした。

だが、その違和感は、毎晩のように続いた。

どんなに遅く帰っても、家は明るく、掃除が行き届き、洗濯物は畳まれ、食事は温かい。
生活のすべてが、誰かの手によって完璧に整えられていた。

「……おかしい」

ある夜、耐えきれなくなったアイミは、両親に電話をかけた。

「ねえ、お母さん……最近、うちに来た?」

『え? 行ってないわよ』

「でも……料理が……洗濯も……」

『住所も聞いてないし、お父さんも忙しくて……』

電話口の両親の声は、明らかに困惑していた。

その瞬間、背筋を冷たいものが走った。

「……じゃあ、誰が……」

その夜から、アイミは家に帰るのが怖くなった。

誰かが、先に帰っている。
誰かが、彼女の生活を、見えない場所から支配している。

職場で相談すると、同僚たちは冗談半分に受け取った。

「疲れてるんだよ」
「管理会社に言ったら?」
「……それ、幽霊じゃない?」

その中で、ただ一人、真剣な表情をした同僚がいた。

「アイミ、防犯カメラ、つけなよ」

数日後、アイミは家の各所に小型カメラを設置した。

そして、ある夜。
外出先から、スマートフォンで映像を確認した。

最初は、何も起きなかった。

――午前零時を過ぎた頃。

洗濯物が、ふわりと宙に浮いた。
箒が、誰もいない床を掃き始める。
キッチンでは、鍋が勝手に火にかけられ、食材が動いていた。

「……っ!」

そこに、人影はなかった。
あるのは、確かに“存在”だけだった。

その夜、アイミは逃げるように家へ戻った。

「……いるんでしょ」

震える声で、部屋に語りかける。

「お願い……誰なの……」

長い沈黙の後、畳が軋んだ。

「……アイミ……」

かすれた、懐かしい声。

そこに現れたのは、写真でしか知らない、亡くなった祖母の姿だった。

『一人で……心配でねぇ……』

祖母は、優しく微笑んだ。

その家は、かつて祖母が暮らしていた家だった。
アイミが生まれる前から、長い時間を過ごした場所。

『遅くまで働いて……ちゃんと食べてないでしょう』

涙を流すアイミに、祖母はそっと手を伸ばした。

それ以来、家は静かになった。

だが、夜遅く帰ると、時々感じる。

誰かが、先に帰っている気配を。

それが守りなのか、執着なのか。

答えは、今も、この家の中にある。

――終わり

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