友達の村で目覚めたがしゃどくろの呪いと三夜の恐怖

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友達の村のガシャドクロ

青木葵が体験した友人の村に潜む骸骨妖怪の真実

 私の名前は青木葵(あおき・あおい)。二十四歳。東京でデザイン会社に勤める、どこにでもいる普通の女だ。以前、東京の格安アパートに現れた白い顔の訪問者という不気味な体験談を読んだことはあったが、怪談や心霊話はあくまで「作り話」として楽しむ程度で、本気で信じたことは一度もなかった。
 ――あの村を訪れるまでは。

 「ねえ葵、今度の連休、うちの村に来ない?」
 大学時代からの友人、村瀬美咲がそう言ったのは、残業続きで心身ともに疲れ切っていた頃だった。
 「村? 旅行ってこと?」
 「そう。山の奥で不便だけど、夜は星がすごくきれいだよ」

 美咲の笑顔は、昔と変わらず柔らかかった。ただ、その瞳の奥に、何か言い淀むような影が一瞬よぎった気がした。
 結局、私、美咲、佐藤奈々、石井彩、高橋玲奈の五人で行くことになった。全員女性で、気心の知れた仲だった。

 村へ向かう道中、電車の本数は次第に減り、バスに乗り換える頃には、周囲は深い山に囲まれていた。
 「ここ、本当に人住んでるの?」
 奈々が冗談めかして言う。
 「失礼だなあ。ちゃんと住んでるよ」
 美咲は笑ったが、その声は少し硬かった。

 村に着くと、時間が止まったような光景が広がっていた。古い木造家屋、苔むした石垣、そして人影のほとんどない道。
 空気が重い。湿り気を含んだ冷たい風が、肌をなぞった。

 美咲の実家は、村の外れにぽつんと建っていた。
 「ただいま」
 彼女が戸を開けると、家の中からは返事がなかった。
 「両親は?」
 彩が聞く。
 「今、法事で出てるの。だから今日は私たちだけ」

 家に入った瞬間、私は理由の分からない寒気を覚えた。真夏だというのに、背中を冷水で撫でられたような感覚。
 「この家、なんか冷えるね」
 玲奈が言うと、美咲は一瞬だけ黙り込み、すぐに笑顔を作った。
 「古い家だからね。夜は特に」

 その夜、居間に布団を並べて寝ることになった。灯りを消す前、彩がふと思い出したように言った。
 「ねえ美咲、この村って怪談とかある?」
 「やめときなよ」
 美咲は即座に遮った。
 「怖がり?」
 奈々が笑う。
 「……怖がり、というより」
 美咲は言いかけて、口を閉じた。

 その夜、私は奇妙な夢を見た。
 霧の立ち込める野原。地面から白い骨が一本、また一本と突き出てくる。それらは互いに引き寄せられるように集まり、やがて巨大な骸骨の形を成した。
 空を覆うほどの大きさ。顎が開き、がしゃがしゃと歯が鳴る。

 ――がしゃどくろ。

 名前を思い出した瞬間、私は飛び起きた。
 時計は午前二時を指している。

 部屋の隅に、何かが立っていた。
 月明かりに照らされ、天井まで届くほどの影。
 それは、明らかに「人ではない」形をしていた。

 巨大な骸骨。眼窩の奥が、こちらを見つめている。
 「……っ」
 声が喉で凍りついた。

 がしゃどくろは一歩、こちらへ近づいた。床が軋む音がしたはずなのに、誰も起きない。
 歯がぶつかり合い、がしゃ、がしゃ、と乾いた音が響く。

 私は必死に目を閉じた。
 「夢……これは夢……」

 再び目を開くと、部屋は静まり返っていた。骸骨の姿はない。
 隣で眠る奈々の寝息だけが聞こえた。

 二日目、私は寝不足のまま村を歩いた。
 村の中心から少し外れた場所に、小さな祠があった。ひび割れた木と、風化した縄。
 「この祠、何を祀ってるの?」
 私が聞くと、美咲は顔色を変えた。
 「……近づかないで」

 奈々が軽い気持ちで祠を覗いた瞬間、内部から、がしゃ……という音がした。
 全員が凍りつく。
 「今の、何?」
 彩の声が震えた。
 「風の音よ」
 美咲はそう言ったが、明らかに無理があった。

 その夜、私は再び目を覚ました。
 今度は、天井から逆さまに骸骨が覗き込んでいた。
 「青木葵……」
 低く、骨が擦れるような声。

 「どうして……私なの?」
 震えながら問いかけると、がしゃどくろはゆっくりと首を傾けた。
 「血ではない……だが、ここにいる……」

 三日目、私は限界だった。
 「美咲、全部話して。あれは何?」

 美咲は長い沈黙の後、観念したように語り始めた。
 昔、この村は飢饉に襲われた。食料は尽き、外から助けを求めて来た旅人たちは、村人に拒まれ、山で餓死した。
 その死体はまとめて埋められ、弔われることはなかった。人の命や魂を喰らう妖怪の話は各地に残っており、私はかつて友達の魂がjikininkiに食べられるのを見たという怪談を読んだことを思い出し、背筋が凍った。

 「その怨念が、がしゃどくろになったって言われてる」
 美咲の声は震えていた。

 そして彼女は、祠に供えられていたお守りを、こっそり持ち出していたことを告白した。
 「ごめん……売れば高いって聞いて……」

 その瞬間、家中にがしゃがしゃという音が響いた。
 床が揺れ、壁に亀裂が走る。

 夜、床が抜け、私は闇に落ちた。
 気づくと、無数の骨に囲まれていた。
 中心には、がしゃどくろ。

 「返せ……約束を……」

 美咲が泣きながらお守りを返すと、骸骨は崩れ落ち、骨は土へと還っていった。

 朝、すべては元に戻っていた。
 だが、村を出る時、私は気づいた。

 祠の前に、新しい名前が刻まれていた。
 ――青木葵。

 今でも、夜中に骨の音が聞こえる。
 がしゃ……がしゃ……。

 あれは終わっていない。
 がしゃどくろは、まだ私を覚えている。

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