友達の魂がjikininkiに食べられるのを見た

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友達の魂がjikininkiに食べられるのを見た

死後も追われる少女と食人鬼ジキニンキの怪異譚

八月の終わり、蒸し暑い風が町を包む夜。
高校二年生の私は、親友・鹿野江(かのえ)の突然の死をまだ受け止められずにいた。
「事故だった」と大人たちは言ったが、私はどこか違和感を抱いたままだった。

葬儀の日、私は同じクラスの友達・美海、涼子と一緒に鹿野江の家へ向かった。
白木の祭壇、線香の煙、悲しい香り。
しかし、私の視線は一点に釘付けになった。

そこに――鹿野江が立っていた。

白い喪服を着て、まるで生きている時と同じ微笑みを浮かべて。
ただひとつ違うのは、その体が薄く透け、背景の障子が見えていることだけだった。

「……鹿野江……?」

美海が心配そうに私を見る。
「しおり、どうしたの? 顔色悪いよ」
「う、ううん……なんでもない」

言えるわけがない。
目の前に、死んだはずの親友が立っているなんて。

鹿野江は口を開いた。
『しおり……聞こえる?』

その声は他の誰にも届いていないようだった。
私は息を呑み、ただ静かにうなずいた。
『よかった……しおりだけは、見えるんだね』

彼女は泣きそうな顔をしていた。
しかしその涙は、空気に触れる前に霧のように消えた。


◆◇◆

葬儀の後から、私の生活は一変した。
鹿野江の霊は、私の後をついて回るようになったのだ。

家のトイレの前でぼんやり立っていたり、夜中、私の部屋のすみで膝を抱えていたり。
時には鏡の向こうから覗き込むこともあった。

「しおり……」
「やめてよ鹿野江! 心臓止まりそうになるんだけど!」
『ごめん……でも、あなたしか頼れる人がいないの……』

その声には怯えが混じっていた。
ただの幽霊ではない。
彼女は何かに追われているように見えた。

私はある夜、勇気を出して聞いた。
「鹿野江、あなた……どうして死んだの?」

『わからないの……気づいたら暗い森の中にいて……体も動かなくて……誰かが近づいてきて……』

彼女の肩が震えた。
『怖かった……しおり……助けて……』

しかしその夜、いつもより強い焦燥を漂わせていた鹿野江は、突然窓の方を向いた。

『来る……! あいつが来る……!』

「誰!? 誰が来るの!?」

鹿野江は答えず、部屋の隅に縮こまった。

その瞬間、窓の外から“ゴオォ……”と、獣のような低い唸り声が聞こえた。

私は悲鳴を上げ、布団に飛び込んだ。


◆◇◆

翌日、学校でも鹿野江は姿を現した。
しかも――ろくろ首に取り憑かれた女子高生の恐怖と教室で続く怪異の真相を思わせるように、教室の空気そのものが歪み、彼女はどんどん弱くなっているように見えた。

『しおり……ねえ……お願い……はやく気づいて……』

「気づくって何に?」

『わたし……このままじゃ……食べられる……』

その言葉に私は全身鳥肌が立った。

「食べられるって……誰に!?」

鹿野江は口を開けたが、まるで何かに喉を締め付けられているように声を出せない。

そして――突然、鹿野江の姿が“バッ”と崩れ落ち、薄い靄となって消えてしまった。

「鹿野江!!!」

教室の中で私だけが叫んだ。
周りの生徒はポカンとしていた。
美海が駆け寄る。
「しおり、本当に大丈夫? 最近様子がおかしいよ……」

私にもわからなかった。
でも――丸岡城の呪いとお静の怨霊に囚われた女子高生の恐怖を感じさせるような嫌な予感が、鹿野江のまわりに確かにあった。


◆◇◆

その夜、私は夢を見た。
暗い森、湿った土の匂い。
そして――うずくまる鹿野江。

『助けて……助けてしおり……!』

その背後に、巨大な影が現れた。
痩せこけた体、異様に長い腕、だらけた僧衣。
顔は崩れ落ちた仏像のようで、目は赤く光っていた。

――食人鬼。

人の死体をむさぼり喰い、時には魂すら食うと伝わる忌まわしい怪異。

その化け物が、鹿野江を掴み上げた。

『いやああああ!!!』

次の瞬間、私は飛び起きた。
全身汗だくだった。
これは夢じゃない。
直感で理解した。

鹿野江が危険だ。
そして――まだ間に合う。


◆◇◆

私は深夜の街を走った。
夢で見たあの森へ。
町外れの山道を抜けた先、ぼんやりと青白い光が見えた。

「鹿野江!」

その姿は、地面に押し倒され、苦しそうにもがいていた。
体は半透明で、すでに半分ほど霧のように崩れていた。

「しおり……逃げて……! あいつ、まだ……」

ドサン――。

背後に重い気配が落ちた。
私はゆっくり振り向いた。

青白い火のような光を背負い、巨大な影が立っていた。
僧衣をまとい、腐臭を放つ食人鬼――“食人鬼(じきにんき)”。

長い腕がゆっくりとこちらに伸びる。

「やだ……やだ……!」

私は鹿野江に飛びついた。

食人鬼の指が鹿野江の足に触れた瞬間、彼女の足が霧のように消えかける。

『いやあああああ! 食べられる!!』

「鹿野江を返して!!!」

私は全力で彼女の腕を引っ張った。
しかし霊体は脆く、指先が崩れ落ちていく。

「嫌だ……絶対に助ける……!」

その瞬間、ポケットに入れていた御守りが眩く輝いた。
去年、鹿野江とお揃いで買った神社の御守りだった。

その光は食人鬼に向かって放たれた。
化け物は苦しそうに咆哮を上げ、森が震えるほどの音が響く。

「今だ、鹿野江!!」

私は彼女の体を抱きしめ、光の中に引き寄せた。
食人鬼は後ずさり、やがて闇に溶けて消えていった。


◆◇◆

夜明け前、鹿野江は静かに微笑んだ。
もう怖がっている顔ではなかった。
その体はほとんど透明になり、風のように消えかけていた。

『しおり……本当にありがとう……』

「鹿野江……行っちゃうの?」

『うん……もう大丈夫。あいつも来ない。あなたのおかげだよ』

鹿野江は私の頬に触れようとしたが、その指は空気の中に消えていった。

『美海にも、涼子にも……ありがとうって伝えて……』

「伝えるよ。ずっと友達だから」

鹿野江は泣き笑いのような表情を浮かべた。
『しおり、あなたが友達でよかった……』

その言葉を最後に、彼女の体は朝日の中に溶け、光の粒となって空へ昇っていった。

私はただ立ち尽くし、涙が止まらなかった。
けれど不思議と、胸は温かかった。
鹿野江は救われた。
もう食人鬼に怯える必要はない。
そして――確かに私の友達だった。


◆◇◆

後日、私は美海と涼子に全てを話した。
信じてもらえないと思ったが、二人は黙って最後まで聞き、泣きながらこう言った。

「鹿野江、本当にあなたに助けてもらえてよかったね……」

その日、三人で鹿野江の家に線香をあげに行った。
祭壇の前で目を閉じた時、ふと耳元で声がした気がした。

――ありがとう、しおり。

私はそっと笑い、答えた。
「こちらこそ……ありがとう、鹿野江」

そして私は知った。
幽霊に会うことは怖い。
でも――本当に怖いのは、助けを求める声に気づけないことなのかもしれない。

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