ろくろ首に取り憑かれた女子高生の恐怖と教室で続く怪異の真相
白い着物のろくろ首が狙う少女と教室に潜む呪いの正体
夏休みの初日、私は高校二年生の美沙(みさ)。東京の喧騒から離れ、友達の遥(はるか)と莉央(りお)と一緒に東北山地のキャンプ場へ向かった。
学校の行事も終わり、解放感にあふれていた——少なくともその時までは。
「美沙、見て!この川めっちゃ綺麗!」
遥が水辺を走り、莉央は後ろで笑っていた。青く澄んだ空、緑の木々、冷たい風。完璧な夏の始まりだった。
しかし夕方になると空気が急に冷え、山の影が長く伸びていく。
それはまるで、私たちを包み込むように忍び寄る“何か”の影のようだった。
夜。焚き火の前で三人は輪になって座り、他愛もない話をしていた。
「なんかさ、この山……昔から出るって噂あるよね」
莉央が急に真面目な声で言った。
「出るって何が?」
「幽霊。首の長い女が歩き回ってるんだって」
その言葉を聞いた瞬間、空気が一気に重くなった。風の音すら止んだようだった。
「やめてよ〜、そういうの苦手なんだから」
そう言いながらも、私はなぜか背中が冷たくなった。
その夜。テントの中で私はふと目を覚ました。トイレに行こうと外に出ると、キャンプ場の中央にある古い井戸の前に“誰か”が立っていた。
白い着物。長い黒髪。月明かりに照らされてぼんやりと浮かび上がる女の姿。
「……すみません?」
声をかけた瞬間、その女はゆっくりとこちらを向いた。
そして次の瞬間——
首が、あり得ないほどの速さで、私のほうへ伸びてきた。
「見つけた……見つけた……」
かすれた声が耳に染み込むように響いた。
気づけば私はテントの中で倒れ込んでいた。夢ではなかった。恐怖で震える手が止まらなかった。
翌朝友達に話しても信じてもらえなかった。
「完全に寝ぼけてるじゃん」
「てか、首が伸びるって何よ?妖怪じゃん」
と笑われたが、笑えない気配がずっと私にまとわりついていた。
キャンプが終わり、東京に戻ってから奇妙な現象が始まった。
夜になると、家の廊下の電気が勝手についたり消えたりする。脱衣所の鏡に白い影が横切る。布団に入ると何かが足元に絡みついてくる。
ある晩、部屋のドアがゆっくりと開いた。
きぃ……と耳障りな音。
暗い隙間から、細長い“何か”が覗き込んでいた。
それは首だった。
人間のものとは思えないほど細く、異様に長い女の首。
「み……さ……」
また私の名前を呼んだ。
私は叫んだが、声は空気に吸い込まれるように弱くなった。家族は誰も気づかなかった。
ついに学校でも怪異は始まった。
国語の時間。先生が朗読していると、黒板の上に白く細長い影が揺れた。
「……ん?」
私はそっと上を見た。
そこには、教室天井の隅から首を垂れ下げる白い着物の女がいた。
「みさぁ……」
「きゃっ!」
私は反射的に声を上げてしまい、クラス中の視線が集まった。
「美沙、大丈夫?」
遥は気にしてくれたが、誰にもその女は見えていなかった。
その日から、私は毎日のように教室で彼女を見た。
黒板の後ろ。ロッカーの隙間。鏡の中。
そして彼女の首は日を追うごとに長くなっている気がした。
まるで距離を詰めるように。
ある日、ついに私は先生に相談した。
だが先生は顔を曇らせ、「……それは、気のせい。疲れてるだけよ」とだけ言った。
その顔にはどこか“何かを知っている”ような影があった。
翌日、私は保健室で休んでいると、学校の用務員のおばさんが声をかけてきた。
「最近、白い着物の女を見たんでしょう?」
私は息を呑んだ。
「どうしてそれを……?」
おばさんの顔は恐ろしく青ざめていた。
「その女……昔この学校に通ってた子よ。いじめで命を落としたって噂があってね……首を吊った状態で——」
「やめてください!」
私は耳を塞いだ。だが、おばさんは続けた。
「その子、亡くなる前に“絶対に忘れないで”って呟いたそうよ。もしかして……あなた、選ばれたのかもね」
選ばれた?私は何に選ばれたのか。
その夜。家の電気が全て消え、真っ暗になった。
「停電?」
スマホのライトを点けると、壁に細長い影が映った。
ススス……と動く影。
その先端には、血走った女の顔があった。
「返して……返して……」
狂ったように繰り返す声が部屋に響いた。
「返すって何を!?」
私は叫んだ。
その瞬間、キャンプ場で拾った木彫りの御守りのことを思い出した。
テントの近くで落ちていた小さな丸い御守りには、奇妙な“輪”の模様が掘られていた。
まるで“切断された首の跡”のように。
私は震える手で御守りを取り出し、女に向けた。
すると女の首がビクッと震え、目が見開かれた。
「返して……それは……私の……」
私は御守りを差し出した。
女はゆっくりと手を伸ばし、それに触れた瞬間——首が急激に縮み、彼女は苦しそうにうずくまった。
「ありがとう……やっと……戻れる……」
そう言って、霧のように消えていった。
——しかし、それで終わりではなかった。
翌朝から、私の首の付け根に妙な痛みが走るようになった。
鏡を見ると、皮膚が微かに赤く伸びているように見える。
「美沙、本当に大丈夫?最近なんか変だよ」
遥が心配してくれたが、私はもう誰にも言えなかった。
学校でも部屋でも、女は現れなくなった。だけど——
夜になると、どこからか細い首の擦れる音が聞こえてくる。
ススス……キィ……ススス……。
ある晩、部屋の鏡が勝手に開いた。
そこに映った私は、首のない姿で笑っていた。
「次は……あなたの番だよ、美沙」
鏡の中の“私”が囁いた。
「いや……いやあああ!!」
私は床に崩れ落ちた。
その日から、私の首は毎晩少しずつ長くなっているように感じる。
皮膚が伸び、熱くなり、重さを感じる。
まるで内部から誰かが私の首を引っ張っているようだ。
——気づいてしまった。
あの白い女は“私の首”を探していたんじゃない。
“次のろくろ首”を探していたのだ。
御守りを返した瞬間、呪いは女から私へ移ったのだ。
そして少しずつ、私はあの女の記憶を夢の中で見るようになった。
彼女がいじめられ、叫び、裏山の木で首を吊らされた場面を。
彼女の苦しみが、私の中に流れ込んでくる。
「代わって……代わってよ……私の痛みを……」
女の声が私の頭の中に響く。
私はもう、自分が自分でいられる時間が減っていることを感じている。
ある朝、遥が言った。
「美沙、なんか……首、昨日より長くない?」
私は笑って誤魔化したが、心の中では泣き叫んでいた。
この呪いから逃げる方法はない。
私が山で拾ったあの御守り——あれは“彼女の首”の象徴だった。
返した瞬間、私は代わりに選ばれた。
そして、今日。私は鏡を見ることができない。
鏡の向こうにいる“私ではない誰か”が、私を待っている気がする。
スススス……と壁から奇妙な音が聞こえた。
私はそっと振り返る。
そこには、床に届くほど長く伸びた首があった。
その先の顔は——私自身だった。
「もうすぐ……入れ替わるよ……」
それは笑っていた。
私は息を呑んだ。
もはや逃げ場はない。
——ろくろ首の呪いは、終わらない。
今日もまた、私の首は少しずつ、確実に伸びている。

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