読んだ者に呪いを刻む古い手紙の行方
古い手紙の秘密
「なあ、これ…どう思う?」
大学の休暇中、祖父の遺品整理を手伝っていた尚人は、埃まみれの木箱から一通の封筒を見つけた。
「封はされてないのか?」と、隣にいた従姉の遥が覗き込む。
「いや、封はしてあるけど、差出人も宛名もない。ただ…裏に“返すべからず”って書かれてる」
尚人が手紙を持ち上げると、裏面に確かに墨で書かれた文字があった。不気味なほど筆跡が整っており、どこか異様な気配を感じさせた。
「読んでみようよ。気になるじゃん」
「やめとけって。こういうの、絶対ロクなもんじゃない」
遥がそう言いながらも、尚人の手から手紙を奪い取るように開封した。中からは一枚の薄く黄ばんだ和紙が現れ、そこには乱れた文字でこう書かれていた。
『あの夜、私は戻った。家には誰もいないはずだった。けれど、あの部屋に…彼がいた。目が合った瞬間、私の中に何かが入り込んだ。もう戻れない。お願い、これを読んでしまったあなた、次はあなたの番。』
読み終えた瞬間、室内の空気が一変した。
「……なんだこれ、ただの悪戯文じゃん」
遥が笑い飛ばしたが、尚人は背筋に冷たいものが走るのを感じた。
その晩、尚人は祖父の家に一人で泊まることになった。遥は急な用事で帰ってしまい、静まり返った家の中には、時計の針の音だけが響いていた。
深夜二時頃、尚人は不意に目を覚ました。遠くで何かが軋む音が聞こえる。
ギィィィ……ギィィィ……
「誰か…いるのか?」
恐る恐る廊下へ出ると、暗闇の中、仏間の障子が少しだけ開いていた。
(閉めたはずだよな…)
懐中電灯を片手に障子を開けると、そこには誰もいない。だが、仏壇の前に一通の手紙が置かれていた。
それは、昼間読んだはずのあの手紙だった。
「なんでここに…?」
手紙を手に取った瞬間、背後でピシ…と畳の音がした。振り向くと、真っ暗な廊下の奥に、何かが立っていた。
それは、人の形をしていたが、顔がなかった。
「返せ……返せ……」
低く、湿った声が部屋に響いた。尚人は叫びながら手紙を投げ捨て、階段を駆け下りた。だが、玄関は開かない。鍵もかかっていないのに、扉はびくともしなかった。
背後から再び声が聞こえる。
「読んだのは、お前だ……」
その夜、尚人は押し入れに身を潜め、朝まで震えて過ごした。
翌朝、遥が戻ってきたとき、尚人は青ざめた顔で手紙を握りしめていた。
「この手紙…燃やそう。絶対に、このままじゃだめだ」
二人は庭に穴を掘り、手紙を火で燃やそうとした。だが火を近づけても、紙は黒ずむだけで燃えなかった。まるで何かがそれを守っているかのようだった。
「尚人、これ…封じられてるんじゃ…?」
遥の提案で、町外れの古い神社に相談することにした。そこには代々“封書供養”を行ってきた神主がいるという。
神社を訪れた二人に、年老いた神主は手紙を見るなり顔をしかめた。
「これは“呼び手紙”じゃ。読んだ者に“何か”を引き寄せる…元々、封じてあったものだ」
「じゃあ、封を切った俺たちは…?」
「もう目をつけられておるな。だが供養で和らげられるかもしれん」
神主は厳かに祭壇を用意し、手紙を塩と共に箱に納めた。祝詞が読まれる間、尚人と遥は背後に誰かの視線を感じ続けた。
最後に神主は言った。
「決して、これと同じ筆跡の手紙を見つけても開いてはならぬ」
しかし、帰宅した尚人の机の上には、新たな手紙が置かれていた。
それはまさに、同じ筆跡。
『もう一人にも読ませて』
震える手で尚人が手紙を取ると、家の電話が鳴った。
「尚人?私…遥…助けて…さっき、手紙が…」
途切れた電話の向こうで、何かが軋む音と共に、遥の悲鳴が響いた。
「遥!?遥!!」
尚人は手紙を抱えて遥のアパートへと向かった。しかし、部屋には誰もいなかった。ただ、壁一面にびっしりと何十通もの手紙が貼られていた。
すべて同じ筆跡、同じ“返すべからず”の印。
そして中央には、遥の写真が一枚、貼り付けられていた。目元は黒く塗りつぶされ、その下に墨でこう書かれていた。
『次は、彼の番』
その瞬間、尚人の背後でふすまが開いた。
「……見つけた……」
それは、顔のない“彼”だった。
尚人は必死で逃げ出した。どこを走ったのかも覚えていない。気がつくと山の中にいた。
「はぁ…はぁ……遥を、助けなきゃ…」
ふと見ると、手にくしゃくしゃになった封筒が握られていた。指には墨の跡。
“自分で書いたのか…?”
そう思った瞬間、脳裏に声が響く。
「お前も“書く者”になれ」
彼が現れる前、必ず“新しい手紙”が現れる。書かれることで、存在は広がり続ける。
尚人はその夜、自ら手紙を書いた。
『読んでしまったあなた、次はあなたの番。』
そしてそれを駅のベンチに置いた。
――数日後、町では「顔のない影」を見たという噂が広がった。
それからというもの、尚人は夜な夜な手紙を書く。筆跡は次第に誰かのものに似てきている。
気づけば、自分が誰だったかも思い出せない。
ただ、書かなければ“彼”が来る。それだけは確かだった――。

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