丸岡城の呪いとお静の怨霊に囚われた女子高生の恐怖
丸岡城で消えたエミとお静の母娘の悲劇
福井県坂井市。
春の訪れとともに桜が咲き乱れ、観光客で賑わうその町には、一つだけ決して近づいてはいけないと言われる場所がある。
それが――「丸岡城」。
その古城には、“お静”という名の女の霊が今もさまよっているという伝説があった。
同じように呪われた霊に関する不思議な体験として、ツチノコのおかげで、大きな口を持つ幽霊の呪いを解くことができたという話も知られている。
古くは城の石垣を築くために人柱として生き埋めにされた女性。その怨念は城とともに眠ることを拒み、今も夜ごと泣き続けている――。
しかし、そんな話を真剣に信じる者は少なかった。
高校三年生の榊原エミもその一人だった。
東京の郊外で育ち、明るく社交的で、少しミステリー好きな少女。
彼女は春休みのある日、仲の良い友人4人と福井県への小旅行を計画していた。
「ねぇユイ、ほんとに行くの? 遠くない?」
「せっかくの卒業旅行だよ! 温泉もあるし、丸岡城も見たいし!」
「お城? 観光目的ならいいけど……なんか変なウワサあるじゃん、あそこ」
「何それ?」
「“お静”って女の幽霊が出るって話」
後部座席のマイコがふざけたように言うと、ハナが小さく笑った。
「そういうの、エミが一番怖がるでしょ」
「やめてよ、ほんとに……幽霊とか苦手なんだから」
そう言いながらも、エミはどこかで不思議な胸騒ぎを覚えていた。
まるで、自分がその“お静”という名を以前どこかで聞いたことがあるような――そんな奇妙な感覚。
車は北陸道を走り抜け、やがて坂井市へと入った。
午後五時、薄い夕焼けが広がり、道路脇には「丸岡城 →」という標識が見えた。
「あと少しだね!」
「うん……」
その時、エミは急に眠気に襲われた。
ユイの声が遠ざかり、視界がゆらゆらと揺れ始める。
車の揺れが子守唄のように心地よく、彼女は目を閉じた。
――気がついた時、世界は闇に包まれていた。
「……え?」
冷たい風が頬をかすめ、耳元で誰かがすすり泣いているような音がした。
辺りを見回すと、そこには古びた石垣、そして朽ちた木の門。
空を見上げると、満月が不気味に輝き、黒々とした天守閣がそびえ立っていた。
「うそ……どうして……?」
スマートフォンを取り出すと、画面には無数の不在着信。
――ユイ(48件)
――マイ(32件)
――お母さん(15件)
震える手でユイに電話をかける。すぐに繋がり、泣きそうな声が響いた。
「エミ!? どこにいるの!? 警察が捜してるのよ!」
「え? 私……お城の前にいる……坂井の……丸岡城……」
「そんなはずない! エミ、あなたは車の中で寝てたの! でも途中で消えたのよ!」
「消えた……?」
その瞬間、風が止まり、背後で“ギィ……”と門が軋む音がした。
エミが振り向くと、月光に照らされた女の影が立っていた。
白い着物、乱れた髪、そして血のように赤い唇。
この瞬間、エミの脳裏には、のっぺらぼうの幽霊と家に閉じ込められた女子高生の恐怖物語のような、顔のない幽霊に襲われる噂がよぎった。
「……お静……?」
自分でもなぜその名前を口にしたのか分からなかった。だが、女の顔がゆっくりとこちらを向いた。
「わたしの……子を……返して……」
耳をつんざくような叫び声。
冷たい風が吹き荒れ、エミのスマホの画面が割れた。
そして次の瞬間、すべてが闇に飲み込まれた。
――朝。
エミは自分のベッドで目を覚ました。
「……夢?」
そう思ったが、シーツの上には泥の跡がついていた。
「エミ!」
母が駆け寄ってくる。
「本当によかった……警察があなたを見つけたのよ! 坂井の道路脇で倒れてたって!」
「坂井……?」
母の声を聞きながら、エミの背筋に冷たいものが走った。
昨夜の出来事は夢ではなかった。
その日の午後、ユイたちが見舞いに来た。
彼女たちは安心したように笑っていたが、どこかぎこちない。
「ねえ……昨日のこと、覚えてる?」とユイが聞いた。
「うん……気づいたらお城にいて……」
「エミ、あなた……夜中にLINE送ってたんだよ」
「え?」
「“お静が来た”とか、“また城に戻る”とか……」
ユイがスマホを見せると、確かにそこにはエミの名前で送られたメッセージがあった。
だが、エミには記憶がない。
「私じゃない……」
「でも、送信時間は午前2時……」
その瞬間、部屋の明かりが一瞬だけ暗くなった。
全員のスマホが同時に震え、画面に同じ名前が表示された。
――着信:お静
「やめて! 出ないで!」
ハナが叫ぶが、エミは震える指で通話ボタンを押した。
「……お前が……奪った……」
「何を……? 私、何もしてない……!」
「子を……返せぇぇぇぇ!!!」
叫びと同時に電灯が割れ、窓ガラスがガタガタと揺れた。全員が悲鳴を上げる中、エミだけが目を閉じ、ふっと意識を失った。
――そして再び、彼女は丸岡城にいた。
月明かりに照らされた石段。
その上に、小さな影が見える。
「……子供?」
「おかあさん……どこ……」
声をかけようとした瞬間、子供の影は霧の中へと消えた。代わりに現れたのは、血塗れの女――お静。
「おまえが……あの子を……」
「違う! 私は知らない!」
「おまえが……似ている……だから……代わりに……!」
お静の手が伸び、エミの喉元を掴んだ。
冷たく湿った指先が肌に触れた瞬間、彼女は再び現実へと引き戻された。
――午前3時。
自室の鏡の前で、エミは立ち尽くしていた。
鏡の中の自分の背後には、誰かが立っている。
「……お静……?」
だが、鏡の女は微笑んでいた。
その顔は、お静ではなく――エミ自身。
もう一人の自分が、ゆっくりと笑っている。
次の日、ユイはエミの家を訪ねた。ドアを開けたのは母親だった。
「エミさん、今、部屋で休んでますよ」
「ありがとうございます。昨日、LINEが――」
「LINE?」
母親が首を傾げる。
「携帯なら、まだ警察に……」
「え? でも昨夜、“今度また丸岡城行こう”ってメッセージが来たんです」
母は青ざめた顔で、そっと部屋の扉を開けた。
中には、誰もいなかった。
窓は開いており、カーテンが風に揺れている。
ベッドの上には、泥のついた足跡。
その夜。
丸岡城の石段を登る人影があった。
それはエミだった。
彼女の目は虚ろで、手にはスマートフォンが握られていた。
画面には、通知が次々と浮かび上がる。
――お静:ようこそ
――お静:ずっと待ってた
――お静:あなたは、私の代わり
「やめて……もう……帰りたいのに……」
「帰る場所なんて、もうないわ」
お静が背後から囁く。
「あなたは選ばれたの。わたしの子を埋めたこの城と共に――永遠に」
エミの瞳から涙が流れた。
そのまま、霧の中へと消えていく。
翌朝、ニュースが報じた。
『坂井市丸岡城にて、女子高校生が行方不明。現場にスマートフォンと泥のついた制服の上着が残されていました。』
画面の隅には、彼女が最後に撮った写真が映っていた。
――満月の夜、丸岡城の前で笑うエミ。
だが、その背後に立つ白い影は、確かにお静だった。
それ以来、坂井市では奇妙な噂が流れ始めた。
夜、丸岡城の近くを通ると、女子高生の姿をした影が天守閣を見上げているという。
その髪は長く、制服は泥にまみれ、そして隣には白い着物の女が立っている。
二人はまるで母娘のように寄り添い、誰かを探しているように見える。
人々は今も言う。
「丸岡城には、二人の女がいる。母の霊“お静”と、その子を代わりにされた少女“エミ”だ」と。
風が吹く夜、石段を上る足音が聞こえたら――
決して振り返ってはいけない。
そこにいるのは、きっとあなたを“次の子”に選ぼうとする、お静とエミなのだから。
桜が散る頃、丸岡城の城壁に薄く血の跡が残る。
それはまるで、誰かがまだそこにいることを証明するようだった。
夜霧に包まれた丸岡城の天守から、今日も誰かのすすり泣きが聞こえる。
「おかあさん……まだ、ここにいるの?」
その声は、まるでエミ自身のもののように響いた。
丸岡城――それは、母と娘、そして選ばれし少女たちの魂が眠る“帰れぬ城”。
恐怖と悲しみの連鎖は、今も続いている。
坂井の霧が濃くなる夜、また一人、少女の姿が霧の中へと消える。
誰も知らないまま、城は彼女たちを飲み込み、永遠に解き放たれることはない。
――そして、今日もスマートフォンに一つの通知が届く。
『お静とエミが、あなたを待っている。』
そのメッセージを見た者は、もう二度と夜の丸岡城を訪れることはなかった。
福井の風が吹く。
その風に混じって、微かな声が響いた。
「おかあさん……」
「えみ……」
夜が深まり、丸岡城は再び沈黙に包まれた――。

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