私の村は鉄鼠に脅かされている|山奥の村を覆う鼠僧の怨念
女子高生が見た鉄鼠の恐怖と閉ざされた村の真実
私の名前は静奈(しずな)。都内の高校に通う、ごく普通の女子高生だ。怪談や都市伝説は嫌いではなかったが、かつてネットで読んだ幽霊の濡れ女に出会った女子高生が清流で消えた真実のような話も、あくまで作り話だと信じていた。それが現実に自分の身に降りかかることはないと、心のどこかで思っていた。だが、その考えは、あの村を訪れた日を境に完全に崩れ去った。
異変の始まりは、クラスメイトであり、親友の一人でもある美冴(みさえ)が、突然学校に来なくなったことだった。最初は風邪か何かだろうと誰もが思っていたが、三日、四日、一週間と欠席が続くにつれ、クラスの空気は不安に包まれていった。
「ねえ静奈、美冴から連絡きた?」
昼休み、由香が不安そうに聞いてきた。
「ううん、既読にもならない」
「担任も理由知らないって、変だよね」
玲奈、梓、千夏も同じように首をかしげていた。美冴は真面目で、無断欠席など絶対にしない子だった。
放課後、私たちは教室に残り、自然と美冴の話題になった。
「美冴の実家って、山奥の村だったよね」
「電波も弱いって言ってた」
「だったら、様子を見に行くしかなくない?」
一瞬の沈黙の後、全員がうなずいた。その決断が、私たちを取り返しのつかない場所へ導くことになるとも知らずに。
週末、私たちは電車とバスを乗り継ぎ、美冴の住む村へ向かった。都会の景色は徐々に消え、山と森だけが窓の外を支配する。最後に降りたバス停には、錆びた標識と、風に揺れる草の音しかなかった。
「……本当に人住んでるの、ここ?」
千夏が冗談めかして言ったが、誰も笑えなかった。
一時間ほど山道を歩いた先に、ようやく村が見えた。だが、そこは私たちが想像していた「田舎の村」とはまるで違っていた。人の気配はあるのに、誰一人として外に出ていない。家々は古く、雨戸は固く閉ざされ、まるで外界を拒絶しているかのようだった。
「見られてる……」
梓の言葉通り、障子の隙間や戸袋の影から、無数の視線が突き刺さるように感じられた。
美冴の家に着くと、しばらくしてから年老いた両親が姿を現した。その表情は硬く、明らかに怯えていた。
「よく……来てくれました」
父親はそう言ったが、視線は私たちの背後、村の奥を気にしているようだった。
「美冴はいますか?」
「……ええ。奥に」
案内された部屋で見た美冴は、まるで別人のようだった。頬はこけ、唇は紫色に近い。目だけが異様に大きく、何かに怯えきっている。
「来ちゃったんだ……」
「心配したよ。何があったの?」
「……夜になったら、わかる」
その言葉に、背筋が冷たくなった。
日が沈むにつれ、村全体が沈黙に包まれていった。夕食の席でも、美冴の両親はほとんど口を開かなかった。時計の針の音だけが、やけに大きく響く。
「今日は泊まっていきなさい」
それは親切というより、懇願に近い口調だった。
夜。布団に入っても、眠気は一向に訪れなかった。闇の中で、かさ……かさ……という音が床下から聞こえる。まるで無数の何かが蠢いているようだった。
「ネズミ……?」
そう思った瞬間、背後に人の気配を感じた。振り返れない。耳元で、低く湿った声が響く。
「……ナム……ナム……」
読経だった。だが、人の声ではない。私は反射的に、首から下げていた小さなお守りを握りしめた。亡くなった祖父が、死の間際に「必ず持っていろ」と言って渡してくれたものだ。
次の瞬間、甲高い鳴き声が響いた。
「チュウウウ……」
布団の上に、何かが落ちた気配がした。私は悲鳴を上げそうになり、必死で口を押さえた。やがて気配は消え、朝を迎えた。
翌朝、私たちはほぼ同時に昨夜の出来事を語り始めた。全員が、ネズミの頭を持つ僧のような存在を見ていた。
「……鉄鼠(てっそ)」
美冴の声は震えていた。
彼女は語った。この村はかつて寺を中心に栄えていたこと。だが、ある僧が裏切られ、飢えと憎しみの中で死んだこと。その末に、人の命や魂さえ喰らう存在となり、まるで友達の魂がjikininkiに食べられるのを見たという話のように、犠牲者を増やし続けた。そして、その怨念が鉄鼠となり、村を支配するようになったことを。
夜が再び訪れる。今度は逃げ場はなかった。家の外から、無数の足音と読経が重なり合う。
闇の中から現れた鉄鼠は、朽ちた袈裟をまとい、鼠の頭で私たちを見下ろしていた。
「供物が……足りぬ……」
私は震える手でお守りを掲げた。その瞬間、淡い光が広がり、鉄鼠は悲鳴を上げて後退した。
夜明け。村は異様なほど静かだった。
私たちは村を後にした。美冴は後日、何事もなかったかのように学校へ戻ってきた。だが、彼女の影は、どこか薄くなっていた。
今でも、夜中に読経と鼠の鳴き声を聞くことがある。
鉄鼠は、まだ終わっていない。

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