紙門の守護霊と灯籠の亡霊が招く高校生失踪の怪異物語

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紙門の守護霊「灯籠の亡霊」

灯籠を壊した少女が紙門神社で出会った守護霊の真実とは

夕暮れの空は薄紅色に染まり、校舎の影が長く地面に伸びていた。
高校二年生の美緒華(みおはな)は、今日も教室でクラスメイトをからかって笑っていた。
「ねえ、あんたさ、本当にそんな顔で外歩いてんの? 恥ずかしくないの?」
泣きそうな顔をした女子生徒に向かって、彼女は悪意のない笑みを浮かべながら言い放つ。
周りの生徒は笑い、標的になった女子生徒は机に視線を落とし震えていた。
美緒華はその様子を見て満足げに鞄を肩にかけた。

「ふん、つまんない」
そうつぶやきながら校門を出ると、風がひゅうと吹き抜け、どこからか紙で作られた小さな灯籠が転がってきた。
それは神社の祭りで使われるような和紙の灯籠で、かすかに赤い光を灯している。

「何これ…邪魔なんだけど」
美緒華は苛立ったように足でそれを蹴り飛ばした。
灯籠は地面を転がり、カラン…とひしゃげた音を立てる。
その瞬間、どこかでかすかな低い声が響いた気がした。
「……返せ……」
「え? 何か言った?」
振り返っても誰もいない。日が沈みかけた路地に、ただ夕焼けが残っているだけだった。

家に帰り、夕食をとり、風呂に入り、ベッドに横になった美緒華は、スマホをいじりながら眠りについた。
その夜――
コン……コン……
乾いた木を叩くような音が、どこからか聞こえてくる。
美緒華は目を開けた。部屋は静まり返っている。
「……今の、何?」
ドクン――心臓が一度だけ強く脈打つ。

コン……コン……コン……
今度ははっきりと窓の外から音がする。
「やめてよ、誰よこんな時間に」
カーテンをそっとめくると、真夜中の闇の中、庭先に白い影が立っていた。
ぼんやりとした輪郭、そしてその手には…赤く光る灯籠。

「……っ!」
美緒華は息を呑み、思わずカーテンを閉めた。
だが、すぐに――
コン……コン……コン……
今度は窓そのものを叩く音。
「や……やめて……」
布団に潜り込むと、耳元でかすかな声が囁いた。
「……かえして……」

翌朝、眠れぬまま学校へ行った美緒華は、鏡に映る自分の顔に驚いた。目の下には深いクマができ、肌は青白い。
「うわ、私こんな顔してた?」
クラスメイトたちがひそひそと囁く。
「ねえ、美緒華さん、昨日どうしたの? なんか変だよ?」
「うるさい、あんたには関係ないでしょ」
怒鳴りつけたものの、内心は落ち着かなかった。

放課後、またあの路地を通る。昨日蹴った灯籠は見当たらない。
しかし――
風に乗り、かすかな声が耳を撫でた。
「……かえして……」
美緒華は走った。息を切らしながら家へ逃げ帰る。

その夜も、例の音が始まる。
コン……コン……
「やめてよ……来ないで……」
窓を開ける勇気はない。
しかし、今度は――
ぎぃ……ぎぃぃ……
玄関の扉が軋む音が聞こえた。
「うそでしょ……入ってくるの……?」

階段を上がる足音。
ぎし……ぎし……
「いやぁぁぁ!」
美緒華は叫んだが、返事はない。ただ、あの低い声だけが響く。
「……かえせ……わたしの……とおろ……」

それが三日、四日と続いた頃、美緒華は限界に達していた。
学校では笑われ、家では眠れず、鏡を見るたび、背後に赤い灯籠が映るようになった。
ある日、クラスの女子が怯えた声で言った。
「ねえ……美緒華さんの後ろ……誰かいる……」
「は? やめてよ、変な冗談――」
振り返ると、誰もいない。
しかし、光る灯籠の影だけが、床にぽつりと落ちていた。

夜。
眠れずに天井を見上げていると、ふと部屋の隅で灯りがともった。
「……あれ?」
そこに、昨日蹴ったはずの灯籠があった。
赤くゆらゆらと光を放ち、炎の中に誰かの顔が浮かんでいる。
「やめて! 消えて!」
慌てて叩くが、灯りは消えない。
代わりに炎の中から白い腕が伸び、美緒華の手首を掴んだ。

「返せ……」
「いやぁぁぁ!」
必死にもがいて腕を振り払うと、灯籠は崩れ落ち、灰になった。
その瞬間、部屋の空気が凍りついた。
風もないのに、障子がバタバタと揺れる。
「……お前……破ったな……紙門の……印を……」

美緒華は理解できなかった。紙門? 印? 何を言っているのか。
だが、夢の中で見た。
――古びた神社の門。
紙でできた鳥居があり、そこを守る白衣の女が灯籠を手に立っていた。
「この門を汚すな。これは生と死を隔てる門だ」
女の声が耳の奥に響く。
「もし壊せば、魂は道を失い、死者は戻ってくる」
目を覚ますと、枕元に灯籠の灰が積もっていた。

恐ろしくなった美緒華は、放課後に神社へ向かった。
「紙門神社」と書かれた古びた木の看板。
人の気配はなく、苔むした鳥居が静かに立っている。
「……ここか……」
境内に入ると、奥の拝殿にひとつだけ灯籠がともっていた。
「あれは……」
近づいた瞬間、冷たい風が吹き抜け、紙の鈴がちりんと鳴った。
「来たな……」
背後から声。振り向くと、白い着物を着た女が立っていた。
その顔はあの灯籠の中に浮かんでいた女と同じだった。

「あなた……誰?」
「私は紙門の守護霊、灯籠の亡霊――トウロウの巫女。お前が壊した灯籠は、この世とあの世を繋ぐ封印だった」
「封印……? そんなの知らない! ただのゴミだと思って……!」
「無知は罪。お前が踏み潰したのは、死者の門を閉じる唯一の光だ」
女の眼が赤く輝いた。

突然、美緒華の周囲に無数の紙が舞い上がり、人の顔に変わっていく。
泣き声、叫び声、すすり泣く声が混ざり合い、空気が歪む。
「いやぁ! やめて! ごめんなさい! 本当にごめんなさい!」
美緒華は叫びながらひれ伏した。
「灯籠を……返します! どうか許して……!」
だが、女は微笑んだ。
「返せぬものを壊した。ならば……お前が灯籠となれ」

次の瞬間、美緒華の体が燃え始めた。
炎ではない、赤い紙のような光が皮膚にまとわりつく。
「いやぁぁぁぁ!!!」
声にならぬ叫びを上げたが、誰も助けに来ない。
女は静かに言葉を続けた。
「お前の魂は、灯籠として紙門を照らし、二度と帰ることはない」
美緒華の意識は暗闇に沈んでいった。

翌朝、通学路には、昨夜蹴り飛ばした場所に小さな灯籠が置かれていた。
それは新しくも古びたような、不思議な光を放っていた。
クラスメイトたちは誰もそれに気づかない。
ただ一人、かつて美緒華にいじめられていた女子生徒だけが立ち止まり、そっと灯籠を見つめた。
「……美緒華さん……?」
灯籠の中の炎が一瞬、形を変え、泣いている少女の顔になった。
「ごめんなさい……」
風が吹き抜け、灯籠の火が消える。

その後、「紙門神社の灯籠」にまつわる噂が広まった。
「あの灯籠を蹴った人は、必ず行方不明になる」
「夜に見ると、中に誰かの顔が浮かんでるんだって」
地元の人々は、それを“灯籠の亡霊”と呼び、決して近づかなくなった。

だが、夏の夜――
ひとりの少年が、その灯籠を覗き込んだ。
「なんだこれ……ただの紙じゃん」
その灯籠が、わずかに赤く光ったのを、誰も見ていなかった。

――紙門の守護霊、灯籠の亡霊。
今夜もまた、誰かの罪を照らし続けている。
そして、その光に映るのは――次の犠牲者の顔だった。

「……かえして……」
夜風が吹くたびに、その声は、街のどこかで今も囁き続けている。

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