私の彼氏は母親の霊に取り憑かれていた
高校生タロウが遭遇した母親の霊の呪縛
その夏のある日、僕――高校二年生のタロウは、恋人であるナオコに誘われて彼女の家を訪れた。
ナオコの父親は仕事の都合で出張が多く、その夜も不在だった。
「せっかくだから、一緒にご飯を食べようよ」と言われ、僕は軽い気持ちで頷いたのだ。
ナオコの家は古い木造住宅で、どこか懐かしい香りが漂っていた。玄関を上がるとすぐに仏壇が目に入り、そこには若くして亡くなったらしい女性の遺影が置かれていた。
「……お母さん?」と僕が尋ねると、ナオコは小さく微笑んだ。
「うん。去年亡くなったの。病気でね。今でも夜になると、声が聞こえることがあるの」
その言葉に背筋がすっと冷えたが、彼女の表情が寂しげだったので、僕は深くは聞けなかった。
夕食を終え、テレビを見ながら過ごしているうちに、夜は更けていった。父親が不在だからと、そのまま泊まることになった僕は少し緊張していた。だが、その夜から信じられない出来事が始まったのだ。
――午前零時過ぎ。
僕がふと目を覚ますと、隣で眠っていたはずのナオコが布団から抜け出し、僕を見下ろしていた。
暗闇の中で彼女の目だけがぎらつくように光り、不気味な笑みを浮かべていた。
「タロウ……起きてる?」
「……ナオコ?」
その声は、昼間の彼女の声とは全く違っていた。低く湿った声で、妙に艶めかしかった。
「もっと……私を見て。私を欲しがって」
僕は慌てて身を引いた。
「な、何を言ってるんだよ。ナオコ、君らしくない……」
彼女の顔は闇の中で歪んで見え、別人のようだった。背後で仏壇がカタリと音を立て、振り返ると遺影の女性が笑ったように見えた。
「私は夢中になり、屈服し、そして(私たち二人とも)抗えず結ばれてしまった。」
翌日、学校で会ったナオコはいつもの彼女に戻っていた。明るく、穏やかで、僕を気遣う優しい恋人だった。昨夜のことを尋ねても、彼女はきょとんとした顔をするだけで「そんなこと言った覚えないよ」と首を傾げるのだった。
しかし、その夜も同じことが起きた。
午前一時頃、僕の耳に低い囁き声が届いた。
「タロウ……もっと、こっちを見て」
目を開けると、ナオコが僕の胸に跨り、乱れた髪を揺らしながら笑っていた。
「お前……本当にナオコなのか?」
「ふふふ……ナオコは眠ってるわ。今ここにいるのは……私よ」
その言葉と同時に、部屋の隅で仏壇の蝋燭がひとりでに揺れ、炎が強く燃え上がった。
僕は凍り付いた。彼女の顔が母親の遺影と重なって見えたからだ。
――ナオコは母親に憑依されている。
そう気づいた瞬間、彼女の手が僕の頬を撫でた。
「夫に愛されなかった……心も体も満たされなかった……。だから今度は、お前に愛してもらうわ」
僕は必死に腕を振り払い、布団から転がるように逃げ出した。廊下に飛び出すと、空気が異様に重く、耳元で女のすすり泣く声が響いた。
「逃げないで……タロウ。私を一人にしないで……」
声はナオコのものではなく、確かにあの遺影の女性のものだった。
僕は恐怖に駆られ、玄関に走った。しかし鍵が開かない。手が震えて何度回しても、鍵はびくともしなかった。背後からナオコの足音が迫る。
「タロウ……タロウ……」
僕は恐る恐る振り返った。そこにはナオコの顔をした「母親」が立っていた。髪は乱れ、目は真っ赤に充血し、唇は不気味な笑みに歪んでいた。
「私を拒むの? だったら……ナオコを苦しめてやる」
彼女の首筋には青黒い手形が浮かび上がり、苦しそうに喘いだ。
「やめろ! ナオコを放せ!」
僕は叫んだが、彼女は耳を貸さなかった。
その瞬間、仏壇の前で何かが砕ける音がした。見ると、供えられていた位牌が真っ二つに割れていた。
「……やっと自由になれた」
女の声が響き、ナオコの体ががくりと崩れ落ちた。
僕は急いで彼女を抱き起こした。ナオコの意識はなく、涙を流しながら「お母さん……」と呟いていた。
その夜を境に、ナオコは母親の霊に憑かれることはなくなった。
だが、彼女の笑顔を見るたびに僕の胸には恐怖が蘇る。
あの時、確かに母親の霊は僕を見て「これからもそばにいる」と囁いたのだ。
――今も僕の背後で、あの声が聞こえる気がする。
「タロウ……絶対に逃がさないから……」
僕は振り返る勇気もなく、ただ目を閉じて震えるしかなかった。
「私たちは成長し、やがて結婚し、仕事を得て家庭を持ちましたが、夫婦の営みのとき、直子はいつも顔に喜びの表情を浮かべ、まるで直子ではないかのように過剰な喜びを感じていました。」
(終わり)
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