同じ顔の乗客|毎朝同じ電車に現れる恐怖の怪談

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女性は毎日同じ乗客を見るのが怖い

午前七時二十分。

東京の朝は、いつも同じ音から始まる。駅へ急ぐ人々の足音、改札機の電子音、そしてホームに滑り込んでくる電車の金属音。

二十八歳の会社員、ミコにとっても、それは当たり前の日常だった。

ミコはまだ独身で、両親と一緒に古い一軒家で暮らしていた。毎朝、母親が「気をつけてね」と声をかけ、ミコは「行ってきます」と笑って家を出る。

仕事は忙しかった。

残業が続き、休日にも会社から連絡が来る。疲れていても、ミコは「みんな同じだから」と自分に言い聞かせていた。

そして毎朝、決まった時間の電車に乗る。

ある月曜日、ミコはいつもの車両に乗った。

車内はそれほど混んでいなかった。

ミコはドアの近くに立ち、何気なく乗客を見渡した。

すると、妙なことに気づいた。

電車に閉じ込められたような、奇妙な息苦しさを感じた。

右側の座席に、黒いスーツを着た中年男性。

その隣には、白いコートを着た若い女性。

向かい側には、制服姿の女子高生。

そして、一番端には、杖を持った老人。

ミコは特に気にしなかった。

「まあ、同じ時間の電車なら、同じ人が乗っていてもおかしくないか……」

そう思った。

ところが翌日。

同じだった。

男性も、女性も、女子高生も、老人も。

座っている場所まで、まったく同じだった。

三日目も。

四日目も。

五日目も。

ミコは少しずつ気味が悪くなった。

特に不気味だったのは、誰一人としてスマートフォンを見ていないことだった。

誰も会話をしない。

誰も眠らない。

そして、全員が同じ姿勢で座っている。

まるで人形のように。

ある朝、ミコが車内に入った瞬間、全員の顔が一斉にこちらを向いた。

「……え?」

ミコの心臓が跳ねた。

しかし、次の瞬間には全員が元の方向を向いていた。

「気のせい……だよね」

ミコはそう呟いた。

だが、その日の帰りの電車でも同じだった。

同じ顔の乗客がミコを見つめ始めた夜

朝と同じ乗客。

同じ座席。

同じ姿勢。

そして――。

全員がミコを見ていた。

「やめて……」

ミコは小さな声で呟いた。

すると、白いコートの女が突然、口を開いた。

「あなた……まだ、帰るの?」

「え……?」

女は微笑んだ。

その笑顔には、生きている人間の温かさがなかった。

「帰る場所なんて、もうないのに」

電車がトンネルに入った。

車内の照明が一瞬だけ消えた。

そして明かりが戻ったとき、乗客全員の顔がミコと同じ顔になっていた。

「いやあああああっ!」

ミコは悲鳴を上げ、次の駅で飛び降りた。

しかし、ホームには誰もいなかった。

駅名もおかしい。

見たことのない駅だった。

掲示板には、古い文字でこう書かれていた。

「終点――彼岸ヶ丘」

「こんな駅……知らない」

その瞬間、背後から声がした。

「ミコさん」

振り返ると、あの女子高生が立っていた。

「あなたは、どうしてここにいるの?」

「私、会社に行ってるだけ……」

女子高生は悲しそうに首を振った。

「違うよ」

「何が……?」

「あなたは毎日、ここへ来てる」

「そんな……私は生きてる!」

すると女子高生の目から、黒い涙が流れた。

「だから、みんな困ってるの」

「え……?」

「ここに来る人は、普通はもう死んでるから」

ミコは凍りついた。

その瞬間、遠くから電車の警笛が響いた。

そして、線路の向こうから一台の電車が近づいてきた。

その車内には、これまで見た乗客たちが全員座っていた。

ただし、今度は全員が泣いていた。

中年男性が窓越しに叫んだ。

「戻れ!」

老人も叫んだ。

「お前はまだ死んでいない!」

ミコは混乱した。

「じゃあ、どうして私はここにいるの!?」

誰も答えなかった。

代わりに、白いコートの女が窓に手を当てた。

「あなたの身体は、まだ病院にある」

「病院……?」

「働きすぎて倒れたのよ」

ミコの頭に、突然激しい頭痛が走った。

パソコン。

深夜のオフィス。

誰もいないフロア。

机に突っ伏す自分。

そして、床に倒れる瞬間。

すべてが一気に蘇った。

「私……死んでない……?」

老人が静かに頷いた。

「そうだ。だから我々は、お前をここから追い出そうとしていた」

「追い出す……?」

「死んでいない人間が、ここに長くいると……帰れなくなる」

その言葉と同時に、車内の乗客たちの顔が崩れ始めた。

皮膚が黒く溶け、目だけが異様に大きくなっていく。

「急げ!」

女子高生が叫んだ。

「あなたのお母さんが呼んでる!」

その瞬間、遠くから聞き慣れた声が聞こえた。

「ミコ! 起きて! お願いだから、帰ってきて!」

母の声だった。

ミコは泣きながら線路の向こうを見る。

そこには、真っ白な光があった。

しかし、背後から大量の足音が近づいてくる。

振り返ると、乗客たちが全員立ち上がっていた。

そして、全員がミコと同じ顔で笑っていた。

「一緒に行こう」

「あなたも、ここにいればいい」

「仕事なんて、もうしなくていい」

「ずっと一緒にいよう」

ミコは首を横に振った。

「嫌……!」

そして、母の声に向かって走った。

「お母さん!」

白い光の中へ飛び込んだ瞬間――。

ミコは病院のベッドの上で目を開けた。

「……っ!」

大きく息を吸った。

視界いっぱいに、白い天井が映った。

隣には、涙で顔を濡らした母親がいた。

「ミコ……!」

母は震える手でミコの手を握った。

「よかった……本当によかった……」

ミコは何が起きたのか理解できず、突然泣き出した。

「お母さん……怖かった……」

「大丈夫よ。もう大丈夫」

母は何日も病室に付き添い、毎晩ミコの手を握って祈っていたという。

ミコは長時間の過労によって倒れ、深い昏睡状態に陥っていた。

医師は「奇跡的に意識が戻った」と説明した。

数日後。

ミコは窓の外を見ながら、あの電車のことを考えていた。

本当に夢だったのだろうか。

それとも、自分の魂だけが死者の世界へ迷い込んでいたのだろうか。

そんなことを考えていると、母が病室のテレビをつけた。

ニュースでは、ある鉄道事故について報じられていた。

数年前、ミコが毎日利用していた路線で、多数の死者を出す事故が起きていたという。

画面には事故現場の写真が映った。

ミコは息を呑んだ。

そこに写っていた乗客の一人。

黒いスーツの中年男性。

白いコートの女性。

制服姿の女子高生。

杖を持った老人。

全員、あの電車にいた。

しかし、最後に映し出された写真を見て、ミコの顔から血の気が引いた。

写真の端に、小さな女の子が写っていた。

その顔は――ミコとまったく同じだった。

「……お母さん」

「どうしたの?」

ミコは震えながらテレビを指差した。

「この子……誰?」

母親は画面を見つめた。

そして、突然顔色を変えた。

「ミコ……それ、あなたよ」

「え……?」

母は震える声で言った。

「昔、あなたがまだ小さい頃、その電車に乗ったことがあったの」

ミコの背中に冷たいものが走った。

その夜。

病室の時計が午前二時二十分を指した。

廊下から、電車の走る音が聞こえた。

ガタン。

ゴトン。

ガタン。

ミコは布団の中で震えた。

すると、病室のドアの向こうから声がした。

「ミコさん……」

あの女子高生の声だった。

「まだ、終点じゃないよ」

ミコは声を殺して泣いた。

しかし、母は眠りながらもミコの手を強く握っていた。

「大丈夫……大丈夫だから……」

その瞬間、廊下から聞こえていた電車の音が消えた。

そして、朝日が病室に差し込んだ。

ミコは母の手を握り返した。

あの電車には、まだ帰れない死者たちがいる。

彼らはミコを連れていこうとしたのではない。

むしろ、最後までミコを生きた世界へ戻そうとしていたのだ。

だから、毎日同じ場所に座り、ミコを見つめていた。

「まだ死ぬな」と。

そしてミコは、二度とその電車には乗らなかった。

仕事も辞めた。

母と一緒に暮らしながら、少しずつ普通の日常を取り戻していった。

ただし、今でも午前七時二十分になると、家の前を電車が通る。

そのたびにミコは窓を閉める。

そして決して、車内を見ない。

なぜなら――。

窓の向こうから、同じ顔をした乗客たちが、今もミコを見ているからだ。

そして時々、その中にいる女子高生が、窓ガラス越しに小さく笑う。

「またね、ミコさん」

その声が聞こえるたび、ミコは母の手を握りしめる。

自分が生きていることを確かめるために。

そして二度と、終点へ向かう電車に乗らないために。

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