父の席だけ冷たい家に潜む家族の恐怖真実
夕暮れの光が古い家の障子を淡く染めていた。
静まり返った住宅街の中、その家だけが時間から取り残されたように佇んでいる。
「ただいま……」
扉を開けた瞬間、ユイはいつもと同じ違和感を覚えた。
空気が、重い。
「おかえり、ユイ」
奥の居間から祖母の声がした。
「うん……」
靴を脱ぎながら、ユイは視線をゆっくりと居間へ向ける。
そこには古びたソファが置かれていた。
その中でも、一番端の席。
父が必ず座っていた場所。
「……まただ」
ユイは思わず立ち止まる。
その席だけ、影が濃い。
まるでそこに誰かが座っているかのように、空間が沈んで見える。
そして――冷たい。
近づくたびに、肌を刺すような冷気が伝わってくる。
「おばあちゃん、この席……なんかおかしくない?」
祖母は一瞬だけ手を止めた。
だがすぐに笑顔を作る。
「古い家だからねぇ。気のせいよ」
「でも……」
「触らない方がいいわ」
その言葉に、ユイの胸がざわついた。
――触らない方がいい。
まるで何かを知っているような口調だった。
その夜。
ユイは夢を見た。
暗い居間。
電気もついていないのに、ソファだけがぼんやりと浮かび上がっている。
そしてそこに、誰かが座っていた。
「……お父さん?」
影がゆっくりと振り向く。
だが――顔がない。
黒い空洞がぽっかりと開いているだけ。
「ユイ……」
確かに父の声だった。
「こっちにおいで……」
その瞬間、床が凍りつくような音がした。
パキ……パキ……
ソファから白い霜が広がってくる。
「いや……来ないで……!」
ユイが叫んだ瞬間――
目が覚めた。
全身が震えていた。
時計を見ると、午前2時。
その時だった。
ギシ……
下の階から音がした。
ギシ……ギシ……
まるで誰かが座っているような音。
「……やだ」
それでもユイは、足を止められなかった。
階段を一段ずつ降りる。
居間は真っ暗だった。
だが――
父の席だけ、白く光っている。
そしてそこに、確かに何かが座っていた。
凍りついたような体。
歪んだ肩。
ゆっくりと、顔がこちらを向く。
「ユイ……」
「……お父さん?」
その声を聞いた瞬間、ユイの中の恐怖が一瞬だけ消えた。
だが次の瞬間――
顔が崩れた。
氷のように割れ、中から黒い穴が無数に覗く。
「違う……!」
ユイは逃げ出した。
翌朝。
ソファに触れた瞬間、彼女は息を呑んだ。
「冷たすぎる……」
まるで氷そのもの。
それから異変は増えていった。
・誰もいないのに沈む座面
・夜中に聞こえる両親の会話
・変化する家族写真
ある日、ユイは写真に気づいた。
「……お父さんの顔、こんなだったっけ?」
輪郭がぼやけている。
次の日には、目が消えていた。
さらに翌日には――顔そのものが消えた。
「ねえ、おじいちゃん……これ、どういうこと?」
祖父は震えながら首を振る。
「見るな……忘れろ……」
「無理だよ!」
ユイは叫んだ。
「だって毎年帰ってきてるじゃない!」
その言葉で、空気が凍った。
祖母が泣き崩れる。
「ユイ……ごめんね……」
その震える声を聞いた瞬間、ユイの脳裏にふとよぎったのは、閉めたはずの仏壇が夜中に開く恐怖体験と祖母の声の怪談のような、不気味な記憶だった。
「何が……?」
祖父が低く呟いた。
「……あれは、帰ってきているんじゃない」
「え?」
「引きずられているんだ……この家に……あの席に……」
そして、祖母が言った。
「あなたの両親は……十年前に亡くなっているの」
「嘘……」
「事故で……帰ってこなかったのよ……」
ユイの思考が崩れていく。
「じゃあ……今までのは……?」
「……来ていたのは……別のものよ」
その瞬間――
ギシィィィ……!
ソファが大きく沈んだ。
振り向くと、そこには二人座っていた。
父と母。
だが、明らかに異形。
顔は歪み、目は黒く、口が裂けている。
「ユイ……帰ってきたよ……」
「一緒にいよう……ずっと……」
ユイの足が勝手に動く。
「やめろ!!」
祖父が叫ぶが、止まらない。
座った瞬間――
世界が凍りついた。
白い空間。
音のない世界。
そしてユイは気づく。
自分の手が、透けていることに。
「……え?」
記憶が逆流する。
事故。
車の衝突。
血。
「……違う……」
さらに深い記憶。
冷たい病院。
祖父母の泣き声。
「ユイは……助からなかった……」
「……私も?」
その瞬間、理解した。
毎年帰ってきていたのは――自分も同じだった。
この家に縛られ、同じ三ヶ月を繰り返していた。
「……ああ……そうだったんだ」
ユイは静かに笑った。
「だから……この席は冷たいんだ……」
生きている者の温もりが、存在しないから。
やがて意識が沈んでいく。
その後――
近所では奇妙な噂が広まった。
夜になると、古い家の居間に三人の家族が座っている。
だが、もう一つ席がある。
そこだけが――異様に冷たい。
もし誰かがそこに座れば。
その人は二度と、戻れないという。
そして今日も――
その席は、静かに誰かを待っている。

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