空き家に現れる人魂と白い着物の女の謎に迫る恐怖物語
愛知の空き家で目撃された人魂の正体とは
「ねぇ、また見たの?」
深夜のリビングで、同僚の千佳がカップのコーヒーを片手に私を見つめた。
私は肩を震わせながらうなずいた。
「……うん。今日も窓の外、あの空き家の二階。青白い光がふわって……それから、髪の長い女の人が……」
「またそれ?」
「本当なんだって!」
愛知県に転勤してきて2週間。私――美佐江(みさえ)は、会社が手配してくれた家で、同僚の千佳(ちか)と恵里奈(えりな)の3人で共同生活を始めた。
築年数は古いが、会社持ちの一軒家で広さは十分。私は最初、喜んでいた。
しかし、家の隣にはひとつだけ問題があった。
――誰も住んでいない、真っ暗な空き家。
私が怪異を目撃したのは、引っ越し初日の夜だった。
最初は気のせいだと思っていた。窓の外、隣の家の二階に、青白い光がひとつ浮かんで見えた。
目をこすると、その光がゆらっと揺れ、形を変えた。
それは――人魂(ひとだま)だった。
翌日も、その翌日も、光は夜になると必ず現れた。そして三日目の夜、私は見てしまった。
人魂が、ゆっくりと女の姿へ変わっていく瞬間を。
白い着物。黒髪が長く、顔の半分を覆っている。
動かないのに、こちらを見ているとしか思えない存在感。
「その人魂、ただの光じゃない? 車のライトとかさ」
千佳の指摘に、私は首を横に振った。東京でも新宿御苑の幽霊に悩まされる, 東京の幽霊伝説みたいな怪異があるけど、これはそんなレベルじゃない。
「車じゃない。道路からは角度的に光が入らない場所なの。しかも……その女の人、だんだん近づいてきてる気がする」
「近づいてる?」
「うん……昨日なんて、窓のすぐそばに立ってた……」
「ちょっと! それ早く言いなさいよ!!」
千佳が半分怒鳴る。
しかし恵里奈は笑って言った。
「美佐江って、ホラー映画の見過ぎじゃない? この前も休日ずっと観てたでしょ」
「本当だってば!」
だが、ふたりの表情には信じる気配はない。
私は悔しかったが、何より怖かった。
その夜――私の恐怖は現実になった。
***
夜中の2時。
トイレに行くために起きた私は、何気なく廊下の窓を見た。
その瞬間、息が止まった。
隣の空き家ではない。
――我が家の玄関前に、あの女が立っていた。
白い着物。
長い黒髪が顔を覆い、目は見えないのに、視線が突き刺さるようだった。
「いや……いやだ……」
声が震えた。
目をそらした瞬間、女が近づいてくる気がして怖かった。
動けずに窓の前で固まっていると、突然、女の顔がぐいっと上を向いた。
髪の隙間から覗く皮膚は、死人のように白く、冷たい。
唇は紫色に裂けていた。
――そして。
「ミサエ……」
確かに私の名前を呼んだ。
「ひっ……!」
私は叫び、思わず後ろへ倒れ込む。
物音を聞いて千佳と恵里奈が走って来た。
「美佐江!? どうしたの!?」
「誰かいたの?」
「い、いた……玄関に、あの女が……」
千佳がすぐ玄関へ向かい、恵里奈も続く。
だが。
「……いないじゃん」
「誰もいないよ?」
そんなはずはなかった。
私は泣きながら首を振った。
「ほんとにいたの……ほんとに……」
その夜から、家の中での不可解な現象が増えていった。
・誰もいないのに階段を上る音
・深夜、玄関のドアノブががたがた震える
・浴室に白い着物の裾のようなものが映る
・キッチンで女のすすり泣きが聞こえる
そして――
会社でも異変が現れた。
***
「美佐江さん、今日も遅刻?」
上司が呆れ顔で声をかける。
私は目の下に濃いクマをつくりながら、席へと向かった。
パソコンをつけた瞬間、画面が一度真っ暗になった。
ざっ……というノイズのあと、再び光ったその画面には――
白い着物の女の顔が映っていた。
「っ!!!」
私は椅子から転げ落ちるほど驚き、悲鳴を上げた。
周りの社員たちが一斉に振り向く。
「どうしたんですか、美佐江さん!」
「パソコンに何か出たんですか!?」
だが画面は通常のデスクトップ画面に戻っていた。
「ち、違う……さっき、女の顔が……!」
「落ち着いてください。疲れてるんじゃ……」
とうとう職場でも「精神的に不安定になってるのでは」と噂され始めた。
しかし私は確信していた。
――あの女は、ただの幽霊ではない。
――私に、何かを伝えようとしている。
その日の帰り道。
私は駅で、不意に後ろから声をかけられた。
「……見えてしまったんですね」
振り向くと、白髪まじりの老女が立っていた。
小柄だが目は鋭い。
「あなた、隣の空き家を毎晩見ているでしょう。人魂を」
私は息を呑む。
どうして知っているのか。
「……見たこと、あるんですか?」
老女はゆっくりうなずいた。
その表情は、深い悲しみに満ちていた。
「その家には、五年前まで若い女性が住んでいました。名前は……美咲(みさき)さん」
「美咲……?」
「ある日突然失踪してね。遺体は見つからず、今も行方不明のまま。だけど……」
老女は言葉を切り、私の目をじっと見て続けた。
「あの家では、毎晩、青白い光が揺れるようになった。まるで彼女が帰ってきたみたいに」
「その……白い着物の女、ですか?」
老女は静かにうなずき、背筋が伸びるような重い声で言った。
「彼女はあなたを呼んでいる。理由は……あなたが“鍵”を握っているから」
「鍵?」
老女は私の正面に立ち、言い切った。
「あなた、美咲さんに“とてもよく似ている”のよ」
私は震えた。
知らない人。会ったことのないはずの人の亡霊に、私は呼ばれている?
なぜ?
どんな理由で?
老女は私の手をつかみ、強く握った。
「彼女は、あなたに助けを求めているんだと思う。きっと、この世に残した想いか、伝えたい真実がある」
「でも……何を? どうすれば?」
老女はゆっくりと私の手を離し、言った。
「空き家の二階――彼女の部屋に行くしかない」
その瞬間、寒気が走った。
行きたくない。絶対に行きたくない。
だが、心のどこかで分かっていた。
――あの女は、必ず私のもとへ来る。
――逃げても無駄だ。
そして、その予感はすぐに現実となった。
***
夜。3人でリビングにいると、突然停電が起きた。
「え、また!?」
「暗すぎるって……!」
スマホのライトをつけた瞬間――天井からぽたりと水滴が落ちた。
血のように赤かった。
「ひっ……!」
「水じゃない!? これ……なに……?」
そして、玄関の方から女性のすすり泣きが聞こえる。
「ミサエ……」
私の名前だ。
また呼んでいる。
姿は見えないのに、確かにいる。すぐ近くに。
千佳と恵里奈が私を抱きしめる。
だが――突然、玄関の扉がガンッ! と強く叩かれた。
「いやああああ!!!」
扉がゆっくりと開く音。
そこに立っていたのは――
白い着物の女だった。
髪が揺れ、顔の半分しか見えない。
だが、その目――見えている。確実に私だけを。
「ミサエ……返して……」
その声には、まるで雪女の涙のような深い悲しみが滲んでいた。
「か、返す? なにを……?」
女はゆっくり手を伸ばした。
冷たい空気が家中に満ちていく。
そしてその手が私の胸に触れた瞬間――
視界が反転した。
空き家の二階。
畳の匂い。
埃が積もった部屋。
私はそこに立っていた。
目の前には、鏡台。
鏡には、ぼろぼろになった白い着物の女が映っている。
その顔を見た瞬間――私は息を呑んだ。
鏡の中の女の顔は、私と瓜二つだった。
「どうして……?」
女はゆっくりと微笑み――涙を流した。
「ミサエ……わたしを……忘れないで……」
鏡の表面が波打ち、女の姿が霧のように消えていく。
私が何か言おうとした瞬間――視界が真っ白に弾けた。
そして気づいたら、自宅のリビングで倒れていた。
千佳が泣きながら私を抱きしめ、恵里奈が救急車を呼んでいた。
私は口を開いた。
「……美咲さんは……助けを求めていた……」
自分と同じ顔をした女。
失踪した女性。
その魂がなぜ私に執着したのか、今でも分からない。
だがひとつだけ確かなのは――
あの夜を境に、人魂は二度と現れなかった。
ただひとつ。
玄関の前に、白い着物の切れ端が落ちていた。
それは、風が吹いても動かなかった。
まるでまだ“そこにいる”かのように。

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