ゴーストビレッジで体験した節分の夜に潜む恐怖と呪われた祝祭の真実

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ゴーストビレッジでの節分のお祝い

ゴーストビレッジで起きた節分祭の怪異と生き残りの記録

東京の冬は乾燥した冷たい風が吹き抜け、ビル街の間を縫うようにしてサラリーマンたちが忙しなく歩いている。ミサエはそんな都会の空気にどこか息苦しさを覚えながら、出版社での仕事をこなしていた。彼女は人気漫画家たちの担当編集として締め切りに追われる毎日を送っていたが、内心ではずっと“何か新しい刺激”を求めていた。ホラー漫画担当者になってからは、怪談話や都市伝説を集めることも仕事の一部となっていたが、最近はどうにもネタが尽きてきていた。そんなとき、彼女は東北の祠に眠る七つの怨霊とYuiを追う火の玉の恐怖物語のような強烈な怪異譚を思い出し、再び刺激を求める気持ちが強くなっていた。

そんなある日の夕方、糖分を補給するために買った缶コーヒーを握り締めながら編集部に戻ろうとしたそのとき、背後から柔らかい声が聞こえた。

「ミサエ〜! ちょうどよかった!」

振り向くと、学生時代からの親友・ヤヨイが駆け寄ってきた。黒いコートを揺らしながら、どこか嬉しそうに笑っている。

「びっくりした……どうしたの急に?」
「ちょっと面白い話があるの。節分でさ、すごい不思議な村があるんだって」

ミサエは眉を上げた。

「不思議な村?」
「うん。うちの親戚が住んでた山奥の村なんだけど、もう誰も住んでないのに……節分の夜だけは、村中に人が集まってお祭りみたいに賑やかになるんだって」

「は……? いやいや、それ絶対おかしいでしょ」

ミサエはコーヒーを飲みながら苦笑した。しかし心の奥はざわざわと騒ぎ始めていた。そんな村が本当に存在するなら、まさにホラー作品の取材としては最適だ。

「行ってみよ? 非日常っていうかさ、そういうの久しぶりじゃない?」
ヤヨイがいたずらっぽく笑いながら言う。

「……まあ、ネタにもなるしね。行ってみてもいいかも」

こうして二人は節分の日に合わせて村へ向かう計画を立てた。

◆◆◆

節分当日。冬の澄んだ空気に包まれながら、二人は古い軽自動車で山道を進んだ。道路の両脇には背の高い杉がそびえ、外気は肌を刺すように冷たい。

「ヤヨイ、こんな山道あったっけ?」
「昔はもうちょっと整備されてたんだけどね。人がいなくなってから荒れちゃったみたい」

村に近づくにつれ、空気はさらに冷たくなり、車の暖房を入れても指先が冷えていくのが分かった。

やがて、ぽつん……ぽつん……と古い家屋が現れた。雪に覆われ、瓦屋根はところどころ壊れ、庭には雪のかぶった人形のような石像が並んでいる。村全体が凍り付いた時間の中に取り残されているようだった。

「うわ……本当に誰もいないんだね」
ミサエは思わず車から降りながら呟いた。

「日が沈んだら来るよ」
「誰が?」
「昔の村の人たちが……」

ヤヨイの声はどこか遠く、妙に冷たかった。

◆◆◆

夕暮れが始まると、村の雰囲気が変わり始めた。空気がざわざわと揺れ、どこからともなく笑い声が聞こえてくる。だが姿はまだ見えない。

「ねえ、聞こえた?」

ミサエの問いに、ヤヨイはなぜか答えなかった。ただ静かに村の奥に向かって歩き始めた。

赤い光が雪に反射し、空は紫へと染まっていく。その美しさとは裏腹に、耳には不自然なほど多くの足音、話し声、笑い声が響き始めた。だが周りには誰もいない。

「……ねえヤヨイ、なんかおかしくない?」
「大丈夫だってば」

ヤヨイはそう言ったが、どこか表情が固い気がした。

◆◆◆

完全に日が落ちた瞬間だった。

――パッ。

村中の家々に、一斉に明かりが灯った。

電気が通っているはずもない廃村のすべての家が、まるで誰かが暮らしているかのように暖かな光を放ち始めた。

「や……ヤヨイ!? これ……見えてる?」
「だから言ったでしょ。ここでは節分の夜だけ、村人たちが戻ってくるんだよ」

通りには着物姿の人々が現れ、笑いながら歩いている。だがその顔はどこか古臭く、テレビで見る大正時代の写真のように色が薄い。

「なんか……みんな古い服じゃない?」
「うん。だって、この村……百年以上前から同じ節分やってるから」

ミサエはぞわりと鳥肌が立った。

「“百年以上前から同じ節分をやっている”って……ヤヨイ、それどういう意味?」

ヤヨイはその問いに答えなかった。

◆◆◆

やがて村の中央の広場で太鼓が鳴り始め、村人たちが一斉に豆をまき始めた。古びた木製の提灯に火が灯り、その光が人々の顔を赤く照らす。こうした不気味な祭りの空気は、まるで盆の幽霊:恐ろしい盆踊りに隠された死者の舞と消えた少女の謎を思わせるような、生者と死者が混じり合う異様な雰囲気を漂わせていた。

「鬼は外! 福は内!」
「鬼は外! 福は内!」

その勢いに圧倒されながらも、ミサエは配られた豆袋を握り、儀式に参加しようとした。

だが……

――村人たちの視線が、一斉にミサエへ向けられた。

「え……な、なに……?」

彼らはみな笑っている。しかしその笑顔は不自然に広がりすぎており、瞳には光がなかった。まるで“仮面をつけている”ような無機質な笑顔だった。

「ヤヨイ……これ、どうなってるの?」

横を見ると――ヤヨイがいない。

「え? ヤヨイ!?」

その瞬間、村人たちが低い声で呟き始めた。

「鬼は外……」
「鬼は外……」
「鬼は外……」

その声は次第に湿り気を帯び、空気がねっとりと重くなる。

広場の奥でズズ……ズ……と何かが這い出る音がした。

振り返れない。だが背後に“何か”がいる。

◆◆◆

その“何か”は、ゆっくりと姿を現した。

黒い髪は地面に届くほど長く、濡れたようにまとわりついている。肌は死人のように青白く、関節はぼきぼきに曲がり、虚ろな瞳だけがミサエを見つめている。破れた着物からは黒い霧のようなものが漂っていた。

「ミ……サエ……」

その声は――ヤヨイの声だった。

「……ヤヨイ……?」

影のようなヤヨイは、手を伸ばしながら近づいてくる。

「来て……ミサエ……戻ってきて……」

ミサエの意識が揺れた。

(戻る? どこに?)

次の瞬間、記憶の扉が強制的に開いた。

――数年前。ヤヨイは実家のあるこの村で土砂崩れに巻き込まれて亡くなっていた。

ミサエはその葬式にも出席していた。なのに、どうして「一緒に来た」と思い込んでいたのか?

影のヤヨイが泣くような声で囁く。

「ミサエ……一緒にいようよ……この村はね、生きてる人でも呼ぶんだよ……仲間にしたくて……」

村人たちが再び声を上げた。

「福は内……福は内……福は内……」

その声の意味は、ミサエにははっきりと分かった。

――“死んだ者の村へ ようこそ”。

◆◆◆

ミサエは震える手で豆袋を握りしめ――叫んだ。

「鬼は外ーーーーっ!!!」

全力で豆を投げつけた。

影のヤヨイは弾かれ、苦痛の声を上げながら後退した。周囲の村人たちも同時に崩れ落ち、黒い霧となって消えていく。

「ミサエ……どうして……? 一緒に……来てくれないの……?」

「ごめん……ヤヨイ……私は……生きていたい……!」

影は寂しそうに微笑んだ。

「そっか……それなら……また節分に呼ぶね……」

その声とともに、影は霧散し、村は元の静寂に戻った。

◆◆◆

気がつくと、ミサエは雪の積もった神社の階段にひとり座り込んでいた。村にはやはり誰もいない。明かりも、音も、祭りの気配も跡形もなく消えていた。

ミサエは足を引きずりながら村を出ようとした。そして振り返った瞬間――

ヤヨイの影が微笑みながら佇んでいた。

「また……節分にね……ミサエ……」

その声は冷たい冬風に溶け、消えていった。

翌朝、警察が村を調査したが、すべてはただの無人の廃村で、昨夜の祭りが行われた痕跡は一つもなかった。ただ――神社の前には大量の炒り豆だけが散乱していた。

ミサエは東京に戻り、何事もなかったかのように編集の仕事を再開した。しかし深夜、編集室でひとり作業しているとき――決まってあの囁きが耳をかすめる。

「ミサエ……次の節分も……一緒に……来てね……?」

そう、ゴーストビレッジの節分は、まだ終わっていない。

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