大久野島の幽霊伝説と恐怖の島の真実 ― 帰れない者たちの呪い

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大久野島の幽霊伝説

大久野島の封印された霊と白い着物の女の恐怖体験

広島県の瀬戸内海に浮かぶ小さな島――大久野島。
その名を聞いたことがある人もいるだろう。かつて毒ガス製造の拠点として封印された島、今では「ウサギの島」として知られているが、夜の顔はまったく違うと言われている。

井上真由美(いのうえ まゆみ)は、東京の広告会社に勤める平凡な会社員だった。だがその日、彼女の運命は大きく狂い始めていた。

「井上さん、次のプロジェクトの取材地は広島の大久野島だ。」
上司の言葉に、井上は首を傾げた。
「大久野島……って、あのウサギがたくさんいる観光地の?」
「そうだ。ただ、今度の取材内容は普通の観光案内じゃない。『立入制限区域の歴史と再生』ってテーマだ。一般の観光客が入れない場所も調査してもらう。」

井上は興味よりも好奇心に駆られて即答した。
「分かりました。私が行きます。」

上司は少し眉をひそめた。
「あの島には、戦時中から続く“奇妙な噂”がある。前に行った記者は、取材の途中で精神的に参ってしまったそうだ。地元の案内人を同行させた方がいい。」
「大丈夫です。同行者なら、同僚の奈々子(ななこ)を連れて行きます。」

軽い気持ちだった。まさか、それが“帰れない島”への入り口だとは、そのときの井上はまだ知らなかった――。

◆◆◆◆◆

フェリーに揺られて一時間ほど。
井上と奈々子は、霧に包まれた大久野島へと到着した。昼間なのに、空はどんよりと灰色で、風が冷たい。

「……なんか、空気重くない?」
奈々子が不安そうに呟いた。
「気のせいだよ。取材さっさと終わらせて帰ろう。」

彼女たちはカメラを手に、島を歩き始めた。可愛いウサギたちが足元を跳ね回るが、その愛らしさとは裏腹に、島全体に漂う“異質な静けさ”が肌を刺した。

「この辺り、戦時中に毒ガスの研究所があった場所だよね……」
奈々子が地図を見ながら言った。
「そう。でも今は跡地しか残ってないはず。」

コンクリートの廃墟が並ぶ中、井上は一際大きな建物に目を留めた。
「あれが、旧研究所……?」
「入って大丈夫かな。立ち入り禁止って書いてあるけど。」
「少しだけなら。中の雰囲気を撮るだけ。」

錆びついた扉を押し開けると、ひんやりとした空気が流れ出した。
壁には古びた警告文がかすかに残っている。
――『外部持ち出し厳禁』『極秘実験区域』――

「うわ……なんか嫌な感じ。」
奈々子が背筋を震わせる。
「……ん?今、誰かいた?」
井上がふと廊下の奥に目を向けた。
薄暗い先に、白い着物を着た女の影が立っていた。

「……奈々子、見た?」
「な、何を?」
「今……白い服の人が――」
「い、いないよ……?」

瞬きをした瞬間、その影は消えていた。
風もなく、音もない。だが、確かに何かが“見ていた”。

◆◆◆◆◆

その夜、二人は島内の古い旅館に泊まることにした。
夜は静まり返り、波の音だけが聞こえる。
奈々子はベッドに座りながらスマホを見つめていた。
「ネットで見つけたんだけど……この島、昔から“島から出られない霊”がいるらしいよ。」
「……何それ。」
「戦争中、毒ガスの実験で亡くなった女性研究者の霊だって。逃げようとした人を“島に縛る”んだって……。」
「やめてよ、そういう話。」

だが、夜中。
井上は物音で目を覚ました。
「……誰?」
カーテンの隙間から、海岸を歩く影が見えた。
白い着物。髪が長く、顔はぼんやりとしか見えない。

次の瞬間、窓の外から――
「……帰らせない……」
という声が、低く響いた。

井上は悲鳴を上げ、奈々子を揺り起こした。
「奈々子!今、誰かいたの!窓の外に!」
「やだ、やめてよ……!」

二人は部屋の電気をつけたが、外には誰もいなかった。波の音だけが、不気味に続いていた。

◆◆◆◆◆

翌朝、井上たちは取材を早めに切り上げ、島を離れる準備をした。
フェリーの時間が近づくにつれ、どこかで誰かが見ているような感覚が強くなる。

桟橋に立った瞬間、背後から冷たい風が吹きつけた。
「……奈々子、聞こえた?」
「何を?」
「今……『行かないで』って……。」

振り向くと、岸壁の上に女が立っていた。
真っ白な着物。顔は青白く、唇が黒ずんでいる。
その目は、確かに井上を見ていた。

「……行かせない……この島からは……誰も……」

その声を最後に、フェリーの汽笛が鳴り響いた。
井上は震える手でカメラを握りしめたまま、島を離れた。
だが、波間に映る影は――確かに船を追っていた。

◆◆◆◆◆

東京に戻って数日後。
井上は体調を崩し、夜になると悪夢にうなされるようになった。
夢の中では、何度も大久野島の廃墟を彷徨う。
そして、背後からあの女の声が聞こえる。
「逃げたのに……どうしてまた来ないの……?」

奈々子にも異変が起きた。
「真由美、昨日の夜ね……窓の外に、あの女が立ってたの。見たの。」
「えっ?」
「目が合った瞬間、動けなくなって……」
「やめて、もうその話しないで……!」

井上は叫び、頭を抱えた。
だが、その瞬間。
部屋の電気がふっと消えた。

暗闇の中、カーテンがふわりと揺れ、そこに――あの“白い影”が立っていた。

「島から出た者は……許さない……」

その声と同時に、窓ガラスが割れ、冷気が部屋に流れ込む。
井上は必死に逃げ出そうとするが、足が動かない。
奈々子が叫んだ。
「真由美っ!!走って!!」

しかし井上の身体は、まるで何かに掴まれたように硬直していた。
背後から冷たい手が肩に触れる。

「帰ってきなさい……」

振り向いた瞬間、女の顔が目の前に迫っていた。
爛れた皮膚、空洞のような眼、そして血のように黒い唇――。
「いやああああああ!!!」

悲鳴を最後に、井上の意識は闇に落ちた。

◆◆◆◆◆

翌朝、奈々子は警察に通報したが、井上の姿はどこにもなかった。
部屋には、割れた窓ガラスと、海藻のような湿った足跡だけが残されていた。

数週間後、奈々子のスマホに一通のメッセージが届く。
送信者:井上真由美

『また島に行かなきゃ。呼ばれてるの。あの人が待ってるから――』

その文面を読んだ瞬間、奈々子の背後で誰かが囁いた。
「あなたも……来て……」

振り返ると、窓の外に白い着物の女が立っていた。
その唇は、不気味に笑っていた。

――そしてその夜、奈々子も消息を絶った。

◆◆◆◆◆

それから一ヶ月後。
井上の勤めていた会社では、奇妙な現象が起こり始めた。
夜遅くまで残業していた社員が口々に言う。

「トイレの鏡に、知らない女の顔が映った」
「廊下の端に白い影が立ってた」
「誰もいないのに“カツ…カツ…”って下駄の音が聞こえる」

警備員までもが夜の見回りを拒否するようになった。

「あの島の仕事をした人たちのデータが、サーバーから消えてるんです……。」
IT担当の社員が震える声で報告した。
井上のフォルダだけが、何度修復しても消える。まるで“存在を消されている”ようだった。

そしてある晩、深夜に一人で残業していた上司・佐藤が、廊下で何かを見た。
「井上……? お前、生きていたのか?」

そこに立っていたのは、確かに井上だった。だが、顔は蒼白で、目はどこか虚ろ。
彼女の口元がゆっくりと動いた。
「もう……帰れなかったんです……。」

次の瞬間、佐藤の背後に、白い着物の女が現れた。
その腕が井上の肩に絡みつくように伸び、二人の姿は闇に溶けるように消えた。

翌朝、佐藤のデスクの上には湿った貝殻と、泥だらけのカメラが置かれていた。
カメラの中には、大久野島の写真が数枚。だが最後の一枚には、井上と奈々子、そして彼女たちの後ろに立つ“白い女”がはっきりと写っていた。

◆◆◆◆◆

それからというもの、井上のマンションでも異変が続いた。
夜になると、部屋の中で誰かが歩く音。
「……カタン……カタン……」
照明が勝手に点滅し、鏡には水滴の跡が浮かぶ。まるで海から帰ってきた者のように。

ある夜、管理人が異臭の苦情で部屋を訪れると、風呂場の壁一面に「帰れない」「私も連れてって」と書かれていた。
だが、住人の姿はどこにもなかった。

その日以来、井上の部屋の前を通ると、誰もいないのに中から“女性のすすり泣き”が聞こえるという。
夜中になると、ベランダに濡れた足跡が残り、風に乗って囁き声が流れる。

「……帰らせない……まだ一人足りない……」

誰もがその部屋を避けるようになった。
そして、会社もその案件のデータをすべて封印し、島への取材を禁止した。

しかし噂は消えない。
今でも、瀬戸内海の風が強い夜、会社の廊下や井上の部屋の窓辺で“白い袖”が揺れるのを見た者がいる。

そのたびに聞こえる囁きは、決まってこう言う。

「私を忘れないで……」

そして、遠くの波音の中で、もうひとつの声が重なる。
「次は……あなたの番よ……」

――島を離れても、あの女は決して離さない。

しかし、仕事から帰ってきたばかりの井上の友人「ミサキ」が、彼の失踪について調査を始めた。井上の職場でメモを見つけたミサキは、すぐに背後に誰かの気配を感じた。白い着物を着た女性の幽霊のはずが、実際にはマスクをかぶり、黒ずくめの恐ろしい男のような幽霊がいた。一体何が起こったのだろうか?

【終】


この物語は、大久野島に古くから伝わる「幽霊伝説」をもとにしています。
観光地としての笑顔の裏には、いまだ消えない記憶と怨念が、静かに息をしているのかもしれない。

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