祖父の家の川で灯籠流しに潜む戦慄の怪異物語

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祖父の家の近くの川で(灯籠流し)が流れているのを見ました。

祖父の家の近くの川で繰り返される恐怖の灯籠流し

私は東京で働く普通の会社員、佐藤美咲。毎日同じ電車に揺られ、同じオフィスで淡々と過ごす日々に少し疲れていた。そんなある夏の終わり、祖父から「体調を崩したから顔を見せに来てほしい」と電話があった。

久しぶりに故郷へ帰ることになり、私は週末の夜行バスに揺られて祖父の家へ向かった。祖父の家は山間の小さな町にあり、近くには古い橋と静かな川が流れている。その川は、私が子供の頃から何度も遊んだ思い出の場所だった。だが、同時に祖母から「夜に川へ近づいてはいけない」と言われ続けた、不思議な場所でもあった。

祖父の家に着いたのは、夜の九時を過ぎた頃だった。町は驚くほど静かで、虫の声だけが響いていた。祖父は思ったより元気そうで、私を見ると安心したように微笑んだ。

「美咲、来てくれてありがとうな。……ただ、夜はあの川に行かないでくれ。何があっても」

そう祖父は念を押した。私は笑って「分かってるよ」と答えたが、どこか引っかかるものを感じた。

その夜、眠れずに縁側に出ていると、遠くからかすかな灯りが揺れているのが見えた。川の方だ。私は思わず目を凝らした。小さな光が幾つも浮かび、ゆらゆらと流れている。灯籠流し……? だが、この町でそんな行事をやっているなんて聞いたことがない。

「……なんで?」

疑問に思いながらも、私はその光に惹かれるように川へ向かってしまった。

川辺に近づくと、確かに灯籠が水面に並んで流れていた。白い紙でできた四角い灯籠に、小さな蝋燭が揺れている。その光景は幻想的で、美しいはずなのに、私の背筋に冷たいものが走った。なぜなら、その灯籠の数があまりにも多すぎたのだ。

「……こんなに?」

ざっと数えても百を超えているように見える。しかも、川の両岸には誰一人いない。祭りでもなければ、誰がこんなに大量の灯籠を流しているのか。

私はふと、水面の中に何か影が見えた気がして目を凝らした。その瞬間、灯籠の下から白い手が伸びてきた。

「ひっ……!」

思わず後ずさると、灯籠が一つ、ゆっくりと沈んでいった。そして水面から青白い顔が浮かび上がった。女の顔だ。長い髪が水に広がり、濡れた目がこちらを見ている。

「か……えして……」

掠れた声が川から響いた。私は叫び声を上げ、祖父の家へと必死に逃げ帰った。

翌朝、私は祖父に昨夜のことを話した。祖父は顔を曇らせ、深いため息をついた。

「やはり見てしまったか。……あの川はな、戦争の頃に多くの人が流された場所なんだ。空襲の時、逃げ場を失った人々が橋から落ちて……」

祖父は震える声で続けた。

「毎年、夏の終わりになるとああやって灯籠が流れる。誰が流しているわけでもない。……死者が、自分の存在を知らせるために」

私は信じられなかった。だが、昨夜の女の顔が頭から離れない。

その夜も私は眠れず、再び川へと足を向けてしまった。すると、またもや灯籠が流れていた。だが昨日よりも数が少ない。奇妙に思っていると、背後から声がした。

「見てしまったのね」

振り向くと、白い着物を着た若い女性が立っていた。髪は濡れており、滴が地面に落ちている。

「あなたも……選ばれるわ」

「え……?」

その瞬間、足元から冷たい感触が広がった。川から伸びた無数の手が私の足首を掴んでいた。

「やめて! 離して!」

必死にもがくが、どんどん川へ引きずり込まれる。目の前で灯籠が一つ、また一つと沈んでいく。私は絶望的な気持ちで叫んだ。

すると突然、祖父の声が響いた。

「美咲! こっちへ来い!」

祖父が川辺に立ち、必死に手を伸ばしていた。私は全力でその手を掴み、どうにか川から引き上げられた。

祖父は震える声で言った。

「見ただけならまだ助かる……だが、もうこの町にはいられん。すぐに帰れ」

私は荷物をまとめ、翌朝、町を出た。バスの窓から最後に川を見下ろすと、そこにはまた無数の灯籠が流れていた。

その中に、一つだけ赤い灯籠があった。私の名前が書かれている気がした。

心臓が凍りつくのを感じながら、私は目を閉じた。

――だが、恐怖は終わらなかった。

東京へ戻った夜、窓の外にふと川のせせらぎが聞こえた。恐る恐るカーテンを開けると、マンションの前の道路に灯籠が一つ、静かに置かれていたのだ。

炎が揺れ、その光の中に、あの女の青白い顔が浮かび上がっていた。私は声を失い、ただ震えるしかなかった。

数日後、私は不眠に悩まされるようになった。夜になると必ず耳元で水音が聞こえ、目を閉じれば川の光景が浮かぶ。会社にいても、街を歩いていても、どこからか「かえして……」という声が追いかけてくる。

ある夜、ついに夢の中で川に立っていた。無数の灯籠が流れる中、あの白い着物の女がこちらに手を差し伸べてくる。

「一緒に……来て」

私は叫んで目を覚ました。額には冷たい汗がびっしょりと滲んでいた。だが、目を開けたはずの部屋の中にも、川の匂いと湿った空気が漂っていた。

「……いや、これは夢じゃない……」

気づくと、床の上に水が広がっている。そしてそこには小さな灯籠が一つ、静かに漂っていた。

私は恐怖に駆られ、祖父に電話をかけた。しかし、祖父は弱々しい声でこう告げた。

「美咲……すまん。あれはもう、家の外には出てきてしまったんだ……。お前が見てしまった時点で、どこへ逃げても無駄なんだ」

「どういうこと……? どうしたらいいの?」

「……灯籠に名を書かれた者は、次の年の灯籠流しで必ず川に引き込まれる。それが昔からの……決まりなんだ」

電話越しの祖父の声が震えていた。

「生き延びる方法は……ただ一つ。他の誰かにその灯籠を渡すことだ」

私は愕然とした。自分が助かるには、誰かを犠牲にしなければならないのか。

その時、窓の外から声がした。

「ねえ……ここにいるよ」

カーテンの隙間から覗くと、道路にまた新しい灯籠が置かれていた。今度は二つ。その片方には私の名前、そしてもう一つには、祖父の名前が書かれていた。

「おじいちゃん……!」

私は電話を握りしめたが、祖父の声はもう聞こえなくなっていた。受話器からはただ、川の水音だけが流れてきた。

震えながら窓を閉めたとき、部屋の中に誰かが立っている気配がした。振り返ると、そこには濡れた髪の女が静かに立っていた。

「もう逃げられないわ……」

女の瞳が、暗闇の中で赤く光った。灯籠の炎が消え、部屋が闇に包まれる。

――その後の記憶は曖昧だ。ただ一つ覚えているのは、耳元で囁かれた声。

「来年の川で、待っている」

私はその言葉に凍りつき、意識を失った。

そして今も、夜になると必ずあの川のせせらぎが聞こえる。窓を開ければ、都会のビル街のはずなのに、水面に漂う灯籠が見えてしまう。

来年の夏、私は本当に川へ引きずり込まれるのだろうか。それとも、誰かにこの灯籠を渡してしまうのか。

答えを出せないまま、私は毎夜、灯籠の淡い光に見つめられている。

――祖父の家の近くの川で始まった恐怖は、今や私の日常を飲み込みつつあるのだ。

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