お菊の幽霊に囚われた女子高生の恐怖旅館物語

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お菊の幽霊とともに旅館に閉じ込められる

旅館でお菊の幽霊に閉じ込められる恐怖体験

高校二年生の美咲は、修学旅行で岐阜県の山奥にある古い旅館に泊まることになった。
「ねえ、美咲、ここってなんか雰囲気あるよね」
クラスメイトの遥が畳の上に腰を下ろしながら笑った。旅館は江戸時代から続く老舗で、木造の廊下はギシギシと音を立てる。美咲は少し緊張していた。
「うん……でも、なんか暗いね。照明も少ないし……」
窓の外には杉林が広がり、夜風に揺れる木々の影が障子に映し出されていた。その不気味さに、美咲の心臓は妙に早く打ち始めた。
夕食が終わり、大浴場から戻った美咲は、旅館の廊下を歩いていた。みんなは部屋でトランプをしたり、お菓子を食べたりして楽しんでいる。だが、美咲は一人でトイレに行くために廊下を進んでいた。
――その時、廊下の奥からかすかな女のすすり泣きが聞こえた。
「……だれ?」
美咲は立ち止まり、耳を澄ました。泣き声は古い倉のような扉の中から聞こえているようだった。旅館の端にある、使われていない物置だと先生から聞いた場所だ。
恐る恐る扉に近づいた瞬間、中から低い声が響いた。
「……一つ、二つ、三つ……」
数を数える女の声だった。
美咲はゾクリと背筋が凍るのを感じた。
「ま、待って……誰かの悪ふざけ?」
しかし、声は続いた。
「……九つ、十……皿が足りない……」
その瞬間、扉がギィィと軋んで開いた。中から白い着物をまとい、長い黒髪を垂らした女がゆっくりと姿を現した。
「――お菊……?」
美咲は震える声でつぶやいた。日本史の授業で習った、井戸に沈められた女の怨霊。その名が脳裏をよぎる。
お菊の顔は蒼白で、虚ろな目が美咲をじっと見つめていた。
「……私の皿を返して……十枚目が、見つからない……」
その声に美咲は恐怖で足がすくみ、後ずさった。だが背後の廊下はいつのまにか真っ暗になり、逃げ道が閉ざされていた。
「いやっ……だれか助けて!
美咲が叫ぶと、気づけば旅館全体が静まり返っていた。クラスメイトたちの笑い声も、先生たちの話し声も聞こえない。まるでこの旅館には美咲とお菊しか存在しないかのようだった。
お菊はすっと近づき、美咲の腕を冷たい手で掴んだ。
「一緒に探して……皿を見つけるまで、ここから出られない……」
「や、やめて……私は関係ない!」
だが次の瞬間、美咲の視界はぐるりと回転し、気づけば旅館の奥の部屋に立っていた。畳の上には古びた皿が九枚、整然と並んでいる。
「ほら……九つしかない……あと一つ……」
お菊の声が耳元で囁く。
美咲は必死に部屋の中を探したが、どこにも十枚目の皿は見つからなかった。
――その時、襖の向こうから遥の声がした。
「美咲? どこ行ったの?」
美咲は全力で襖を開けようとした。しかし、襖はびくともせず、外の声は次第に遠ざかっていく。
「遥! お願い、助けて!」
だが答えはなかった。
お菊が冷たい笑みを浮かべる。
「ここは外とは違う……あなたも、皿の一部になるのよ……」
「ひっ……やめてぇ!」
突然、畳の下からゴトリと音がした。美咲が恐る恐る畳をめくると、そこには割れた皿の欠片が埋められていた。
「これ……十枚目……?」
美咲が欠片を手に取ると、部屋全体が揺れ、悲鳴のような風が吹き荒れた。お菊の顔が苦悶に歪む。
「それは……裏切りの証……持ってはいけない……」
「でも、これが十枚目なんでしょ!? だったら、もう終わりにして!」
お菊は鋭い叫び声をあげ、美咲に襲いかかった。
「あなたが……代わりになるのよ!!」
その瞬間、目の前が真っ暗になった。
――気がつくと、美咲は旅館の自室に倒れていた。
「美咲、大丈夫?」
遥と数人の友達が心配そうに覗き込んでいた。時計を見ると、ほんの数分しか経っていないはずなのに、美咲の髪や服はしっとりと濡れていた。
「い、今の……夢だったの……?」
震える声でそう言った瞬間、美咲の手のひらに冷たい感触が残っていることに気づいた。
見下ろすと、そこには小さな皿の欠片が握られていた。
美咲は息を呑んだ。
――お菊の呪いは、まだ終わっていない。
その夜、美咲は一睡もできなかった。襖の隙間から誰かが覗いているような気配が続き、耳元ではかすかに数を数える女の声が聞こえ続けていた。
「……一つ、二つ、三つ……」
翌朝。
旅館の朝食の席で、美咲は食欲をまったく感じなかった。隣に座った遥が心配そうに問いかける。
「美咲、顔色悪いよ。大丈夫?」
「うん……ちょっと、寝不足で……」
美咲は曖昧に笑ったが、心の中では不安が渦巻いていた。手のひらの皿の欠片は、どうしても捨てられなかった。ゴミ箱に入れても、気づけばまたポケットの中に戻ってくるのだ。
昼間は観光地を回ったが、美咲の頭の中はお菊のことばかりだった。
――どうして私なの? なんで選ばれたの?
夜が来ることが恐ろしかった。
その晩。
部屋でみんなが騒ぐ中、美咲はふと耳を澄ませた。
また、あの声が聞こえる。
「……七つ、八つ、九つ……」
そして、十のところで声が止まる。
「……足りない……」
美咲は布団に潜り込み、耳を塞いだ。だが声はどんどん近づいてくる。廊下の方から、襖の前、そしてすぐ横。冷たい風が布団をめくり上げ、美咲は絶叫した。
「お願い……もうやめて!」
布団の端に、お菊が立っていた。
「あなたが……十枚目になるの……」
その瞬間、部屋の時計が午前二時を指した。時間が止まったかのように、誰も動かない。遥も友達も、まるで人形のように固まっていた。
「やめて……お願い……」
美咲は必死に皿の欠片を握りしめた。その途端、お菊の姿が一瞬揺らぎ、苦悶の表情を浮かべた。
「その欠片は……私の記憶……」
「記憶……?」
お菊はゆっくりと語り始めた。
「私は裏切られた……罪を着せられ、井戸に沈められた……皿が足りないと……罰を受けた……」
「じゃあ、この欠片は……」
「私の無念……あなたに渡された……だから……解放して……」
美咲は涙をこぼしながら叫んだ。
「だったら、私はどうすればいいの!? どうすればあなたは消えるの!?」
お菊は一歩近づき、美咲の額に冷たい指をあてた。
「……真実を伝えて……私が罪を着せられたことを……この旅館に……」
その言葉とともに、部屋の空気が急に軽くなった。お菊の姿は薄れていき、最後にかすかな声だけが残った。
「忘れないで……」
翌朝、美咲は友達に涙ながらにすべてを話した。もちろん、信じてくれない者も多かった。だが、旅館の主人がふと口を挟んだ。
「実は、この旅館には昔から伝わる話があってな……皿数えの女が夜な夜な現れると……」
美咲は確信した。――それがお菊のことだ。
帰りのバスの中、美咲は窓の外を見ながら皿の欠片を手に握っていた。欠片はまだ消えていない。彼女は静かに心に誓った。
――必ず真実を調べる。そして、お菊を解放する。
バスが山道を下る中、どこからともなく声が響いた。
「……一つ、二つ、三つ……」
美咲は震えながらも、その声をしっかりと聞き続けた。
お菊の怨霊との戦いは、まだ終わっていないのだから。

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