神戸の古い旅館で起きた女子高生の友人失踪事件の謎

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神戸旅館での友人失踪事件の謎

神戸旅館で語り継がれる女子高生失踪の怪異

私の名前は結衣。神戸に住む普通の女子高生だ。
あの日、私と親友の美咲は夏休みの小旅行として、神戸市内にある古い旅館に泊まることにした。ネットで「歴史ある旅館」と紹介されていたその建物は、外観こそリニューアルされていたが、どこか影のような気配を漂わせていた。

「ねえ結衣、ここ本当に大丈夫? 口コミに『夜中に音がする』とか『廊下に誰か立ってる』とかあったけど…」
美咲は玄関に足を踏み入れた瞬間から不安そうに私に囁いた。

「大げさだよ。そういう話ってどこにでもあるし、きっとただの噂だよ」
私は笑って答えたが、心の奥では妙な冷気を感じていた。

チェックインを済ませ、私たちは二階の客室へ案内された。廊下は静まり返り、他の宿泊客の気配もほとんどない。まるで私たちだけがこの館に取り残されたかのようだった。

部屋は畳敷きで、窓からは神戸の夜景がかすかに見えた。けれど、その美しさとは裏腹に、障子の隙間から流れ込む風は異様に冷たく、旅館全体が重苦しい空気に包まれているように思えた。

「結衣、この部屋…誰かがずっと見てるみたい」
美咲の言葉に私は一瞬息を飲んだ。確かに説明できない視線の圧力のようなものを感じる。だが気づかぬふりをして、私は無理やり笑顔を作った。

夜十時を過ぎた頃、私たちは布団を並べて横になった。

「ねえ結衣、なんか聞こえない?」
美咲が急に起き上がり、耳を澄ませる。

――ギィ……ギィ……。

確かに廊下から板が軋むような音が続いていた。誰かが歩いているのだろうか。しかし、この階には私たち以外に客はいないはずだった。

「……従業員じゃない?」
私はそう言いながらも、胸が早鐘のように鳴っていた。

その時、障子の向こうで人影が動いた。細長く、歪んだ影。

「結衣! 誰かいる!」
美咲が怯えて私の腕を掴んだ。

勇気を振り絞って障子を開けたが、そこには誰もいなかった。ただ、廊下の奥に暗闇が口を開けているだけ。

「……気のせいだったのかも」
そう呟きながら障子を閉めた瞬間、背後から美咲の声が震えた。

「結衣……あれ、なに?」

振り向くと、部屋の隅に白い着物を着た女が立っていた。顔は髪で隠れ、ただじっとこちらを見つめている。

「ひっ……!」
私が声を上げた瞬間、照明が一瞬だけチカチカと点滅し、次の瞬間には女の姿は消えていた。

恐怖で体が固まる中、美咲は震えながら私の手を握った。

「もういやだ……帰りたい……」

しかし夜も遅く、交通手段もなかったため、そのまま布団に入るしかなかった。

やがて深夜、私はうなされるように目を覚ました。すると、美咲の布団が空っぽになっていた。

「美咲? トイレ?」
そう思って部屋を出ると、廊下の奥からかすかな笑い声が聞こえた。

――くすくすくす……。

恐る恐る音のする方へ歩くと、廊下の突き当たりに開かれた一室があった。そこは使われていないはずの空き部屋だったが、畳の上に美咲が正座し、その前に例の白い着物の女が座っていた。

「美咲!」
私が叫ぶと、女はゆっくりと振り向いた。その顔は目も鼻もなく、ただ口だけが裂けて広がっていた。

「か……えして……」
女の口が動いた瞬間、部屋の空気が歪み、視界が真っ暗になった。

気が付いたとき、私は自分の布団の上で目を覚ました。

「夢……だったの?」
そう思って隣の布団を見ると、美咲の布団はやはり空のままだった。

私は慌てて旅館の従業員に助けを求めたが、従業員は青ざめた顔でこう言った。

「……また、ですか」

「どういう意味ですか!? 友達がいなくなったんです!」

「実は……この旅館では過去にも、泊まった若い女性が突然姿を消す事件が何度もありまして……。警察も調べましたが、誰一人見つかっていないのです」

私は耳を疑った。まさかそんな場所に泊まってしまったなんて。

絶望と恐怖に震えながら部屋へ戻ると、畳の上に小さな紙片が落ちていた。拾い上げてみると、そこには赤い墨でこう書かれていた。

――「次はお前の番だ」

私は叫び声を上げ、紙を手から放り投げた。

***

その後、警察が捜索したものの、美咲の行方は永遠に分からなかった。
調べの過程でわかったのは、この旅館は昭和の初めに大きな火事で多くの女性客を焼死させたという過去があったこと。そして、その夜逃げ遅れて亡くなった一人の女性が「白い着物を着ていた」という証言が、当時の新聞に残っていたことだった。

私は必死にその記事を読み漁った。そこには、焼け跡から見つかった女の遺体は顔が判別できないほど損傷しており、口元だけが大きく裂けていたと記されていた。

――あの夜見た女は、その女性の怨霊なのだろうか。

しかし、疑問は尽きない。なぜ彼女は美咲を選んだのか。なぜ私だけが生き残ったのか。

ある晩、私は一人で再びその旅館を訪れた。どうしても真相を確かめたかったからだ。

館は営業をやめ、廃墟のように静まり返っていた。埃まみれの廊下を進むと、ふいに誰かの足音が響いた。

「……美咲?」

思わず名を呼んだ。すると奥の部屋から、小さな声が返ってきた。

「……結衣……助けて……」

私は駆け寄った。そこには畳の上に美咲が座り、涙を流しながら私を見ていた。

「美咲! 本当に美咲なの!?」

手を伸ばした瞬間、美咲の体がすっと霞のように消え、代わりにあの白い着物の女が立っていた。

「……次は、逃がさない」

私は絶叫し、気を失った。

***

それから数年が経つ。あの旅館は取り壊され、今は駐車場になっている。しかし私は時々、夜になると夢の中で美咲の声を聞く。

「結衣……まだここにいるの……」

私は目を覚まし、涙で枕を濡らす。助けられなかった後悔と、今もなお彼女があの夜に囚われているという恐怖。

神戸の街を歩くたびに思う。人々が知らずに通り過ぎるあの場所の地下には、まだ美咲や他の少女たちの声が閉じ込められているのではないか、と。

もしあなたが神戸を訪れ、古い旅館跡地の前を通ることがあれば、どうか耳を澄ませてみてほしい。

――くすくすくす……。

きっと、あなたの名前を呼ぶ声が聞こえるだろう。

そして、その声に応えてしまった瞬間、あなたもまた戻ってこられなくなるのかもしれない。

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