桜島の森に封印された幽霊神社の恐怖体験記
誰も近づかない桜島の呪われた神社
「さくら……島?」
その名を聞いた瞬間、心臓が一瞬止まった気がした。
──桜島。鹿児島湾に浮かぶ活火山の島。かつて修学旅行で訪れたことがある。だが、それとは違う、もっと深く、恐ろしい記憶が蘇りそうになっていた。
私の名前は新山涼子(にいやまりょうこ)、東京で映像制作の仕事をしている。今回の依頼は、地方の知られざる神社を紹介する番組企画。上司から「桜島にある、誰も近づかない神社を調べて来い」とだけ言われ、資料もろくに渡されず現地に飛ばされた。
──桜島の「幽霊神社」。
それは地元の人々ですら口を濁す存在だった。
「あんた、あそこに行くつもりかね?」
宿の女将が茶を出しながら言った。
「昔から“神様”じゃなくて、“何か別のモノ”が祀られとるって言われとる場所よ」
「別のモノ、って……?」
「詳しいことは知らん。だが、あそこに入ったら、二度と戻れん人もいた。夜に近づくな。昼間でも一人じゃ行くな。それだけは言うとくわ」
警告とも取れるその言葉を聞きながらも、私はどうしても気になって仕方がなかった。桜島の東側、地図にも載っていない林の奥に、ぽつんと存在するその神社は、地元でも“忘れられた場所”として扱われている。
翌朝、機材を持って宿を出発した。
「あんた、本当に行くんかい……」女将の声が背中に刺さる。
林の中を進むにつれ、辺りは急に静まり返った。鳥のさえずりも風の音も消え、まるで空間そのものが異質になったかのようだった。
──ギギィィ……
錆びついた鳥居の音。草に覆われた石段。放置され崩れかけた拝殿。だが、不思議と鳥居の内側だけ、異様に空気が冷たかった。
「ここが……幽霊神社……」
私はカメラを回し始めた。レンズ越しに見える社殿の奥、何かが動いた気がした。
──カサッ。
「……誰かいますか?」
返事はない。恐怖よりも、探究心が勝っていた。奥へ進むと、拝殿の裏手に石で囲まれた小さな祠があった。まるで“封じられている”ような造り。
──何か、おかしい。
祠の前に立った瞬間、頭の奥で「帰れ」という声が響いた。いや、声ではない。直接、脳に訴えかけるような圧力だった。
「……なんなの……ここは……」
カメラの映像が急にノイズまみれになり、液晶が真っ暗になった。
「壊れた……?」
──ガサガサガサッ……
振り返ると、誰もいないはずの林から黒い影が這うように近づいてくる。
「……!」
影は形を持たず、もやのように揺れ、囁き声とともに空間を歪ませていた。
「あなた……見たのね……封じられたものを……」
背後から女の声がした。振り返ると、白い着物の女が祠の前に立っていた。顔が見えない。長い黒髪が顔全体を覆っている。
「ここは……私が閉じ込められた場所……あなたも、ここに……」
「やめて!」私は走り出した。森を抜け、息を切らして鳥居の外に飛び出した瞬間、全ての音が戻ってきた。
宿に戻ると、女将が蒼白な顔で私を見た。
「あんた……ほんとに戻って来たんか……」
「あの神社……あそこには……何かが……」
女将は黙って古い箱を持ってきた。中には昭和初期の白黒写真。
「この女……見覚えあるか?」
そこには白い着物の女が写っていた。顔は見えない。だが、私は確信していた。あの祠の前に立っていた“彼女”だった。
「この人……誰なんですか?」
「昭和九年。島の神主の娘だった。噴火の前に神社に封じられたって話があってね……。その日から、神社には誰も近づかなくなったのさ」
「なぜ……封じられたんですか……?」
「誰にも分からん。ただ、祠の中身は絶対に見てはならない……それだけはずっと言い伝えられている」
私はもう一度、カメラのデータを確認した。再生できないファイルに混じって、1つだけ映像が残っていた。
──白い着物の女が、こちらを見て微笑んでいた。
その瞬間、画面が赤く染まり、「次は、あなた……」という文字が浮かんだ。
──私は急いでその映像を削除した。が、削除したはずのファイルは翌朝、再び復活していた。
都内に戻った今でも、夜になると決まって夢にあの神社が出てくる。祠の前に立つ女が、少しずつ、少しずつこちらに近づいてくる。
もうすぐ──彼女は私の目の前に立つだろう。
……数日後、会社のサーバーにも異常が発生した。私が持ち帰ったデータフォルダが、他の編集PCにも勝手にコピーされ、削除しても増殖するという怪現象。
「この映像、勝手に保存されてるんですけど……」
後輩の笹原が、怯えた表情で私にノートパソコンを差し出した。画面には、例の女が、編集室の背後に立っている映像が写っていた。
「これ……今さっき撮った映像なんですよ……。なのに、彼女が……」
私は震えながら首を振った。
「これ以上、関わってはダメ……。全部削除して、社内には伝えないで」
だが翌日、笹原が出社しなかった。電話もつながらない。自宅を訪ねても応答なし。彼の部屋には、あの写真とまったく同じ女の姿が、プリントされた無数の写真が壁一面に貼られていた。
──彼は、連れて行かれたのだ。
私は覚悟を決めた。
もう一度、桜島へ戻る。
彼女の正体を突き止め、祠の中に何が封じられていたのか、真実をこの目で確かめる。逃げ続けても、彼女は現れる。ならば、終わらせるしかない。
「──涼子。祠の中を見たらダメ……」
夢の中で、女がはっきりと顔を見せた。彼女の目は私と同じ形をしていた。
──まさか。
私は昔、桜島に住んでいた祖母の家に預けられていたことがある。数ヶ月だけ、幼少期に──記憶が曖昧だったが、ある日、神社に入って迷子になったことがあった。その夜、誰かが私を守るように抱きしめていた感触だけが、今も残っている。
彼女は、私の──
次の朝、私はカメラではなく、線香と塩、水を持って、再び桜島の林へと足を踏み入れた。鳥居をくぐった瞬間、空気がまた異様に冷たくなる。
──彼女は、そこにいた。祠の前で、微笑んでいた。
「ありがとう……また、会いに来てくれて……」
その声は、懐かしい響きだった。祠の封印が、ゆっくりと音を立てて崩れていく。
中から現れたのは、小さな鏡だった。私が幼い頃、なくしたはずの、母からもらった手鏡。
「あなたが……私をここに封じたの……あなたの中に、私がいたから……」
鏡の中には、幼い私と同じ顔をした少女が映っていた。
私はその鏡をそっと閉じ、祠に戻して、静かに拝んだ。
──その瞬間、空気がふっと温かくなり、鳥のさえずりが戻ってきた。
彼女はもう、いない。
私は静かに鳥居をくぐり、桜島の森を後にした。
──二度と、あの祠を開ける者がいないように。

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