必ず戻る黒いゴミ袋に潜む恐怖の真実

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必ず家に戻ってくるプラスチックゴミ

新居で繰り返す黒いゴミ袋の怪異

私は会社員として東京に勤めていたが、通勤の都合で新しいアパートへ引っ越すことになった。築年数は古いが、家賃が安く、駅から近いことが決め手だった。
部屋に入ると、家具はなく、畳の匂いと少し湿った空気が漂っていた。だが、角の押し入れの横に、不自然に置かれた黒いビニール袋が一つ目に入った。
「……前の住人が忘れたゴミ?」
私は怪訝に思ったが、仕事で疲れていたのでそのまま寝てしまった。

翌朝、私はゴミ袋をアパートの集積所に持っていった。中身は見なかった。どうせ前の住人が残した生ゴミだろうと思ったからだ。袋はしっかり縛られており、開ける気も起きなかった。
だが、会社から帰ってくると、あの黒い袋が部屋の隅に置かれていたのだ。
「えっ……な、なんで?」
私は唖然とした。間違いなく朝に捨てたはずなのに。

次の日も同じことが起こった。出勤前に捨てた黒い袋が、帰宅すると必ず部屋に戻ってきている。
「気味悪い……」
私は大家に相談した。
「すみません、部屋に前の住人のゴミが残っていて……何度捨てても戻ってくるんです」
大家は眉をひそめた。
「黒い袋?……ああ、やっぱり」
「やっぱり、って……どういうことですか?」
「以前この部屋に住んでいた女性がいてね。夜中に奇妙な声がすると訴えていたんだ。その人も、同じ袋のことで悩まされていた。結局、突然姿を消してしまったんだよ」
私はぞっとして鳥肌が立った。

その夜、眠れぬまま布団に横たわっていると、耳元で微かな音が聞こえた。
「……かえして……」
「えっ?」
はっきりと女の声だった。私は飛び起きて部屋を見回したが、誰もいない。だが、部屋の隅に置かれた黒い袋がわずかに揺れていた。
心臓が早鐘のように打ち、冷や汗が背中を伝った。

翌日、私は決心した。
「もう我慢できない。中を確かめなきゃ」
ゴム手袋をして、袋の口を開けた。
中からは、生ゴミの匂いではなく、古びた衣服と紙切れのようなものが出てきた。紙には震える文字でこう書かれていた。
『このゴミを捨てるな 戻らないと許さない』
「……なにこれ」

さらに奥には、子供用の小さな靴と、髪の毛が束になったものが詰め込まれていた。私は恐怖で袋を投げ捨てた。
その瞬間、部屋全体が軋むように鳴り響き、壁の隙間から女の笑い声がした。
「ふふふ……まだ捨てようとするの?」
私は叫びながら部屋を飛び出した。

だが、アパートの外に出ても安心できなかった。夜道を歩いていると、背後でビニールの擦れる音が聞こえた。振り返ると、街灯の下にあの黒い袋が置かれていた。
「ついてきてる……?」
恐怖に駆られて全力で走ったが、振り返るたびに黒い袋は必ず近くに現れる。

会社にも持って行った。オフィスのゴミ箱に放り込んだのに、帰宅すると部屋の真ん中に戻っていた。
「もういや……どうすればいいの?」
私は泣きそうになりながら再び大家の元を訪ねた。
「その袋を持ってきなさい」
私は震える手で袋を持参した。大家は険しい顔で袋を見つめた。
「やはり……これは“戻り袋”だ。死者の未練が宿ったものだよ」
「死者の……未練……?」
「前に住んでいた女性は、その袋を燃やそうとした。でも、燃やしたはずなのに、次の日にはまた部屋にあったそうだ。そして、ある日から姿を消した」

私は絶望感に襲われた。燃やしても、捨てても、逃げても無駄なのだ。

その夜、私は再び声を聞いた。
「……一緒にいて……」
布団の横で、袋が裂けて中から白い手が伸びてきた。私は悲鳴を上げて後ずさった。袋の中から、長い髪で顔の見えない女が這い出してくる。
「かえして……私の場所を……」
私は必死で部屋の外に飛び出した。しかし廊下に出ても、目の前に黒い袋が置かれている。階段を駆け降りても、袋は常に先回りして現れる。

私はもう一度袋を調べる決心をした。中身をひっくり返すと、衣服のポケットから古びた日記帳が出てきた。
ページを開くと、そこには震える文字でこう書かれていた。
『この部屋から出られない。笑い声がやまない。袋は私を離してくれない』
『もし誰かがこの袋を見つけたなら、どうか私を忘れないで……』

私は涙が止まらなかった。前の住人はこの袋に取り憑かれて消えたのだ。そして今、その役割が私に移ろうとしている。
それから毎晩、私は袋の中から「泣き声」と「笑い声」を同時に聞いた。女のすすり泣きと、子供のような甲高い笑い声が重なり、頭がおかしくなりそうだった。

ついには夢にも袋が現れた。私は夢の中で何度も袋を捨てたが、その度に自分の部屋に戻ってくる。そして最後には、必ず私の布団の中に潜り込んでくるのだ。
「もうやめて……お願いだから……」
叫んでも声は届かない。袋の中から、無数の手が伸びてきて私を引きずり込もうとする。

現実と夢の境界が崩れていく中で、私はある考えに至った。
「この袋は、誰かが犠牲にならないと止まらない……」
私は恐怖に震えながらも、同僚に引っ越し祝いと称して部屋に呼び寄せようとした。だが、ドアの前に立った同僚を見た瞬間、私はどうしても言えなかった。
「……ごめん、今日は具合が悪いの」
同僚は心配そうに帰っていった。私は人を犠牲にする勇気を持てなかった。

その夜、袋はついに私の布団の中で大きく裂けた。
無数の髪の毛と白い手が私の体を絡め取り、口を塞いだ。
「次はあなたの番……」
最後に聞こえたのは、冷たい女の声だった。

翌朝、大家が部屋を訪れたが、私の姿はどこにもなかった。ただ部屋の隅に、黒いビニール袋が一つ置かれていただけだった。袋は以前よりも膨らんでいて、内側から微かに笑い声が漏れていた。

――そしてその袋は、また次の住人を待っているのだ。

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