ゴーストレストランでOLが体験した新宿の恐怖物語

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ゴーストレストランに偶然入ってしまう

新宿の路地で現れる幽霊レストランの怪異

夜の新宿の街は、ネオンの光で華やかに照らされていた。会社を出たばかりの佐藤美咲(さとうみさき)は、タイトなスーツに短いスカートを身にまとい、同僚との飲み会を断って一人で帰路についていた。だが、その日は妙に空腹を感じ、ふと見つけた細い路地の奥にある小さな看板に目をとめた。

「…こんな場所にレストランがあったっけ?」

木製の古びた看板には「営業中」とだけ書かれていた。美咲は少し躊躇したが、空腹に負けてその扉を押した。

――ギィ…と鈍い音を立てて、重たい扉が開いた。

中は想像以上に広く、照明は薄暗く、空気はひんやりしていた。古い洋館のような内装で、壁には古ぼけた肖像画や、意味不明な装飾品が掛けられている。

「いらっしゃいませ」

声をかけてきたのは、黒いスーツ姿の痩せたウェイターだった。顔はやけに青白く、笑っているはずなのに、その目には温かみがなかった。

「…ひとりですけど、大丈夫ですか?」
「ええ、もちろん。こちらへどうぞ」

案内された席に腰を下ろすと、テーブルの上にはすでにワイングラスが置かれていた。美咲は怪訝に思いながらも、メニューを手に取った。しかし、そこには料理名ではなく、聞き慣れない言葉が羅列されていた。

「『最後の晩餐』?『沈黙の肉』?…なにこれ、冗談?」

首を傾げる美咲の前に、いつの間にか料理が並べられていた。頼んでもいないのに、赤黒い肉料理と、透き通ったスープが置かれている。

「ご注文の品です」
「え、でもまだ頼んで…」

ウェイターは答えず、すっとその場から消えるように去っていった。

美咲は一口だけスープを口にした。だが、その瞬間――舌に広がった味は妙に生臭く、どこか鉄のような匂いが鼻を突いた。吐き出しそうになりながら、ふと隣のテーブルに視線を向けると、そこに座っているはずの客は、透けて見えていた。

「…うそ、なにこれ…」

その客は骨ばった手でナイフとフォークを持ち、虚空を切るように料理を口に運んでいた。彼の顔は半分崩れ落ち、まるで死体が無理に動いているようだった。

「ここ、やっぱりおかしい…」

立ち上がろうとした瞬間、背後から声がした。

「お客様、お食事はお済みでしょうか?」

振り向くと、先ほどのウェイターが立っていた。しかし、その首は不自然に傾き、瞳は濁っていた。

「まだ食べていただかないと、帰れませんよ」
「…帰らせてください!ここ、普通のレストランじゃないですよね!」

ウェイターは薄笑いを浮かべながら、美咲の腕を強く掴んだ。その冷たい感触に鳥肌が立つ。

「ここは…ゴーストレストラン。我々は、生きている者をもてなすのです」

「やめて!離して!」

美咲は必死に振り払って出口に走った。だが、扉を開けたはずなのに、再び同じ店内の中央に立っていた。

「……どうして?!」

客席の幽霊たちが一斉に彼女を見た。朽ちた顔、血まみれの口、空洞の眼。彼らは微笑みながら、手を叩いた。

「歓迎する、新しい客人を」

低い声が響き、蝋燭の灯りが一斉に揺れた。美咲の心臓は激しく鼓動を打ち、息が詰まる。

「いや…いやぁぁぁ!!」

彼女が叫んだ瞬間、視界が真っ暗になった。

――気がつくと、美咲は元の新宿の路地に立っていた。背後を振り返ると、そこにレストランなど存在しなかった。

「……夢?」

震える足で駅へ向かおうとした時、彼女の手にはまだ赤黒いシミがついていた。まるで、あの料理を本当に食べた証拠のように。

美咲は息を呑み、慌てて拭き取ろうとした。だが、何度こすってもそのシミは消えなかった。

――そしてその夜から、彼女は鏡を見るたびに、背後にあのウェイターの姿を見てしまうようになったのだった。

「次は…あなただ」

低い囁きが耳元で響いた時、美咲の目は恐怖に見開かれた。

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翌日、美咲は会社に出勤したが、昨夜の出来事が頭から離れなかった。

「美咲?顔色悪いよ、大丈夫?」と同僚の彩が心配そうに声をかけた。

「うん…ちょっと寝不足で…」

言葉を濁したが、頭の片隅ではあの赤黒い料理の味が蘇り、胃がむかむかした。

昼休み、美咲はスマートフォンで「新宿 ゴーストレストラン」と検索してみた。すると、同じ路地で行方不明になった人々の記事がいくつもヒットした。

「数年前から若い女性が次々に失踪…」

記事を読み進めるにつれ、背筋が凍った。その路地の先にレストランが現れたという証言があったが、警察が調べたときには何もなかったという。

「やっぱり…私が見たのは…」

その瞬間、スマホの画面がノイズを走らせ、勝手にカメラアプリが起動した。画面には、美咲の背後に立つあのウェイターの姿が映っていた。

「いやっ!!」

慌ててスマホを床に落とすと、画面は元に戻っていた。

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数日後、美咲はついに眠れなくなった。夜になると、部屋の扉をノックする音が聞こえる。覗いても誰もいない。鏡を見ると、背後に幽霊客たちが座っているのが映る。

「もう嫌…どうしたらいいの…」

彼女は霊媒師に相談することにした。新宿郊外の古びた一軒家で出迎えたのは、白髪の老婆だった。

「あなた、ゴーストレストランに入ってしまったのね」
「知ってるんですか!?」

老婆は深刻な顔でうなずいた。

「あそこは、かつて実際に存在したレストランよ。戦後すぐに開業したが、食材に困り…恐ろしいことをしたの。行き倒れた者や身寄りのない人間を“料理”にして出したのよ」

「……そんな…」

「やがて店は閉鎖されたけれど、そこで亡くなった者たちの怨念が残り、今も時折、彷徨う人間を引き込むの。あなたは選ばれてしまったのね」

美咲の顔から血の気が引いた。

「た、助けてください!どうしたら…」

老婆は小さな鈴を手渡しながら言った。

「深夜零時に再びその路地へ行きなさい。そして、扉が現れたらこの鈴を鳴らすの。怨霊たちは音を嫌う。ただし…必ず振り返ってはならない。もし振り返れば…二度と戻れない」

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そして迎えた深夜。美咲は震える手で鈴を握りしめ、あの路地へ向かった。すると、やはり古びた扉が現れた。

「これが最後のチャンス…」

扉を押し開けると、あの暗いレストランの中だった。蝋燭の炎が揺れ、客たちが一斉に顔を上げる。

「おかえりなさい…」

ウェイターが微笑みながら近づいてくる。美咲は必死に鈴を鳴らした。

――チリン…チリン…

その音と共に、客たちの姿がかき消されるように揺らぎ始めた。だが、ウェイターだけは消えなかった。

「あなたは逃がさない…最後の料理になるのは、あなたなんです」

「やめてっ!」

必死に鈴を鳴らし続けると、扉の向こうに外の路地が見えた。美咲は走り出した。背後から無数の手が伸びる。

「振り返っちゃだめ…!」

心の中で叫びながら、必死に駆け抜けた。背後では無数の声が重なり、地獄のような呻きが響いていた。

ようやく扉を抜けた瞬間、そこは静まり返った新宿の夜だった。振り返ると、もう扉もレストランも存在していなかった。

美咲は膝から崩れ落ち、涙が止まらなかった。

――だが、その手にはまだ、赤黒いシミが残っていた。

消えない証。

そして数日後、また別の女性が新宿の路地で姿を消したという噂が流れ始めたのだった。

ゴーストレストランは、今も誰かを待っているのかもしれない。

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