血塗られた絵画の館で目覚める狂気と真実の夜

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血塗られた絵画の館

呪われた絵画が誘う恐怖の洋館伝説

「今日も残業か……」
深夜11時、東京都内の広告代理店で働くOL、藤崎美月(ふじさき みつき)は、ようやくパソコンを閉じて席を立った。彼女の目の下には深いクマがあり、疲れの色が濃く浮かんでいた。

「帰って寝るだけか……」
駅へと向かう途中、美月はふと一本の路地裏に目を奪われた。見慣れた帰り道ではない。だが、妙にその道に惹かれたのだ。

「こっちから帰れば少し早いかも」
そんな理由をつけて曲がった道は、まるで別世界のように静まり返っていた。そして、その先に――古びた洋館がひっそりと建っていた。

「こんな所に、こんな館……?」
窓から洩れる微かな灯りが、美月を誘うように揺れていた。彼女はまるで夢遊病者のように門をくぐり、玄関の扉に手をかける。

――ギィィィ……

驚くことに、扉は勝手に開いた。誰かが中から開けたようにも見えたが、誰の姿もない。美月は、気づけばその中に足を踏み入れていた。

館の内部は古びているが、どこか美術館のような静謐な雰囲気が漂っていた。壁には無数の絵画が飾られている。だがそのどれもが――

「……なんだろう、これ……」
描かれているのは人間の顔。しかしどの顔も、目だけが異様に大きく、血のような赤で塗り潰されていた。

「気味が悪い……」
美月は帰ろうと踵を返した。が、玄関の扉は消えていた。どこにもない。代わりに、彼女の目の前に階段が現れた。

――足音がした。

「誰かいるの?」
返事はない。だが、階段の上から「見ている」気配がした。美月は恐怖に抗いながらも、階段を登り始める。

二階の廊下にも、びっしりと絵画が飾られていた。中でも一枚、異様な存在感を放つ絵がある。

――それは、美月自身の顔だった。

「……え? これ……私?」
確かにスーツ姿の自分、同じ髪型、同じネックレス。しかし、その目からは赤い血が流れていた。

「いや……こんなの、ありえない……」
美月が後ずさると、絵の中の“美月”の口が動いた。

『戻れない』

「きゃあああっ!!」
背後から何かに引っ張られ、美月は床に倒れ込んだ。振り向くと、誰もいない。だが、足元には血のような赤い手形がいくつも付いていた。

廊下を走り抜けた先に、大広間が現れる。そこには一枚の巨大な絵が飾られていた。

それは――首のない家族の肖像画だった。

「やめて、こんな夢みたいなこと……」

その時、背後から声がした。

「美月さん、どうして戻ってきたの?」

「えっ……誰!?」

そこに立っていたのは、美月の高校時代の親友、篠原夕香(しのはら ゆうか)だった。

「夕香!? どうしてここに……! あなたは……確か10年前に……」

「うん、あの館の火事で死んだわ。でも美月は覚えてないのね」

「なに……を言って……?」

夕香の姿が徐々に歪み、焦げたような皮膚が露出する。髪の間から覗く白骨化した頭蓋骨。

「この館に来た人は、みんな“絵”になるのよ」

「やめて……やめてよ……!」

だが部屋の四方から、絵の中の人間たちが一斉に囁き始めた。

『おかえり』
『やっと戻ってきた』
『次は君の番』

美月は耳を塞ぎ、目を閉じ、必死に叫んだ。

「夢よ……これは夢、絶対に……!!」

――そして、気づけば彼女は自室のベッドの上にいた。

「……夢、だったの?」

そう思った瞬間、スマホの通知が鳴った。差出人は不明。添付された画像は――

彼女自身の肖像画だった。目から、真っ赤な血を流すその顔は、昨夜見たあの絵とまったく同じ。

画面が急に暗転する。そこに浮かぶメッセージ。

『ようこそ、“絵画の館”へ。』

――その瞬間、部屋の鏡に映る自分の顔も、赤く染まっていた。

数日後、美月は仕事を休み、館のあった場所を訪れることにした。しかし、あの洋館はどこにもなかった。ただ、空き地が広がるだけ。

近所の老人に尋ねると、こう返ってきた。

「ああ、あそこは30年前に火事で焼けた洋館だよ。絵描きの一家が住んでいたが、娘が発狂して家族を殺してな……全部絵にしてね。最後は自分にも絵の具で血を塗って……」

「30年前……? でも私が見たのは……昨夜……」

老人は怪訝そうに首を傾げる。

「嬢ちゃん、あんた……まさか、あの“絵”を見たのかい?」

美月は何も言えず、その場を立ち去った。だが背後で、老人が呟く声が耳に残った。

「見た者は、いずれ絵になる。あれは呪いだ……」

帰宅した美月は、鏡に何度も自分の顔を映して確認した。だがそこには――確かに、少しずつ変化が現れていた。

眼の周りが赤く染まり、まるで絵の具を塗ったかのように。

その夜、夢の中で再びあの館に戻っていた。今度は壁に飾られている絵の中に、誰かが語りかけてくる。

『一つだけ助かる方法がある』

「……なに?」

『新しい“モデル”を連れてくれば、代わりになってくれる』

「まさか……誰かを身代わりにしろってこと……?」

『君の選択だ。選ばなければ、君が“絵”になる』

――そして朝、美月のスマホには連絡が届いた。送り主は会社の後輩・高橋結衣(たかはし ゆい)。

「先輩~最近元気なさそうですね、週末どこか行きません?」

美月はしばらく画面を見つめた後、震える手で返信した。

「いいわ、ちょっと面白い場所を見つけたの。古い洋館なんだけど……一緒に行かない?」

その指は、確かに微笑んでいた。だが、その笑顔の奥にあったのは――血に染まる運命を受け入れた者の、哀れな覚悟だった。

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