不気味な青い宝石の呪いと日本の都会に潜む怪異の物語
青い宝石に囚われた女性が体験する呪いの恐怖譚
真夜中の東京のオフィスビル。その高層階で、派遣社員として働く女性・美香(みか)は、日々の残業に疲れ果てていた。
「はあ……今日も終電ギリギリかな……」
書類を片付け、蛍光灯の下でため息をついた時だった。机の端に小さな箱が置かれているのに気づく。差出人もなければ、メモもない。
「誰の忘れ物……? でも、この箱……」
何かに引き寄せられるように蓋を開けると、そこには青白く光る宝石が入っていた。それは吸い込まれるほど深い青色で、光の加減によって不気味に揺らめいて見える。
「……綺麗……」
思わず手に取った瞬間、背筋に冷たいものが走った。まるで誰かに背後から見られているような感覚。美香は慌てて振り返ったが、そこには誰もいなかった。
翌日から、美香の周囲で奇妙な出来事が続いた。
コピー機が勝手に動き出し、印刷された紙には意味不明な文字列と「返せ」という赤い字が浮かび上がっていた。
トイレの鏡を覗けば、自分の背後に白い着物の女が立っている。振り向いても誰もいない。
「おかしい……絶対におかしい……」
彼女は青い宝石を思い出した。しかし、どうしても手放せなかった。宝石に触れていると、心が妙に落ち着くのだ。
ある夜、同僚の由佳が声をかけてきた。
「ねえ美香、最近顔色悪いけど大丈夫? もしかして、何か悩んでる?」
「……実は……」
美香は青い宝石のことを話した。すると、由佳の表情が一瞬固まった。
「それ……見せて」
ポーチから取り出した宝石を見せると、由佳は青ざめた顔で小さく叫んだ。
「それ……呪われた宝石よ! 知ってるの。十年前、このビルで働いていた女性がその宝石を拾ってから、突然行方不明になったの!」
美香は息を呑んだ。
「……行方不明?」
「そう……しかも、その後に宝石を手にした人も次々と不幸になったって……。ニュースにはならなかったけど、業界では噂になってた」
由佳は声を潜めて言った。
「美香、すぐにその宝石を返さなきゃ……」
だが、その夜、美香は夢を見た。夢の中で、白い着物の女が青い宝石を胸に抱き、血の涙を流しながら言った。
「これは……私のもの……返して……返して……」
その声に怯えて目を覚ますと、宝石は机の上で淡い光を放っていた。
数日後、由佳は突然会社に来なくなった。電話もLINEも既読にならず、住所を訪ねても誰も出なかった。
「由佳……どうして……?」
美香の胸に冷たい予感が広がった。まさか、宝石の呪いが……?
その晩、残業を終えエレベーターに乗った美香は、下に降りる途中で電気が消え、真っ暗闇に閉じ込められた。
「いや……!」
暗闇の中、耳元で誰かが囁いた。
「返して……」
次の瞬間、光が戻った時、彼女の手には宝石が握られていた。ポーチにしまったはずなのに、なぜ……?
恐怖に駆られ、美香は休日に神社へと駆け込んだ。そこで出会った老神主は、宝石を見るなり顔を険しくした。
「これは……女の怨念が宿っている。手放そうとしても、お前を選んだ以上離れんだろう」
「どうすれば……?」
「一つだけ方法がある。その女が最後に死んだ場所へ行き、そこで返すしかない」
神主の言葉に導かれ、美香は夜の新宿ビル街へと向かった。宝石が見つかったオフィスビルの屋上に上がると、風の音の中に女のすすり泣きが混じって聞こえた。
「ここで……?」
宝石を床に置くと、突然背後から冷気が迫った。振り返ると、白い着物の女が立っていた。顔はぼやけ、目からは赤黒い涙が流れている。
「……返して……」
美香は震える声で言った。
「これが……あなたのものなのね……」
宝石を差し出すと、女はゆっくりと手を伸ばした。しかし、その瞬間、美香の体は何かに引きずられるように屋上の縁まで動いた。
「やめて……!」
女の声が頭の中で響く。
「あなたも……一緒に来て……」
必死に抵抗しながら、美香は叫んだ。
「嫌! 私は生きたい!」
その瞬間、ポケットに入れていたお守りが光を放った。神主から受け取ったものだ。青い光と白い光がぶつかり合い、耳をつんざくような悲鳴が夜空に響いた。
そして――女の姿はかき消え、宝石は粉々に砕け散った。
翌朝。屋上には何事もなかったかのように朝日が差し込んでいた。砕けた宝石は跡形もなく消えていた。
「夢だったの……?」
だが、美香の腕には赤黒い手形がくっきりと残っていた。
彼女はそれを見つめながら、心の奥で理解していた。――呪いは終わっていない、と。
その夜、帰宅した美香の部屋の机の上には、再び青い宝石が置かれていた。砕け散ったはずの、それと同じ形で。
「……どうして……?」
宝石は微かに光を放ち、女の声がまた囁いた。
「次は……逃さない……」
美香の絶叫が、深夜のマンションに響き渡った。
――しかし物語はそこで終わらなかった。
翌朝、美香は眠れぬまま出勤した。オフィスに入ると、誰も触っていないはずの机の上にまたしても宝石が置かれていたのだ。周囲には社員が数人いたが、誰もそれに気づいていないようだった。
「……見えてるのは私だけ?」
鳥肌が立った。
その日から、青い宝石はどこへ行っても美香を追いかけてくるようになった。通勤電車の網棚、駅のベンチ、カフェのテーブル。気づけば必ず視界のどこかにそれがある。
「もう限界……!」
再び神社を訪れた美香は、老神主に縋るように訴えた。
「どうしても離れないんです! どこに行っても……あの宝石が!」
神主は深いため息をつき、低く呟いた。
「……お前はすでに選ばれてしまったのだろう。その女の魂と深く結びついてしまったのだ」
「じゃあ、私はどうなるんですか?」
「……最悪の場合、彼女と同じ運命を辿る。だが一つだけ試す方法がある」
神主は古びた巻物を取り出した。そこには古代から伝わる呪術の文字がびっしりと書かれていた。
「この儀式で、その魂を鎮めることができるかもしれない。ただし失敗すれば……お前の命が取られる」
覚悟を決めた美香は、その夜、神主と共に儀式を行うことになった。場所はあのビルの屋上。蝋燭の炎が揺らめき、夜風が唸りを上げる中、呪文が唱えられる。
やがて、宝石が青白く光り始め、女の影が現れた。
「返せ……! お前を許さない……!」
女の悲鳴と共に、屋上全体が震えた。
神主は叫んだ。
「美香! 最後の言葉をかけろ! 魂を解放するのだ!」
美香は涙を流しながら叫んだ。
「あなたの苦しみはわかる……でも、もう終わりにしよう! 安らかに眠って!」
その瞬間、宝石は光の粒となり、女の影と共に夜空へ消えていった。
静寂が戻った屋上で、美香は膝から崩れ落ちた。
「……終わったの?」
だが帰宅した美香の部屋の鏡には、青い宝石を抱いた女の影が映っていた。
「終わりじゃない……まだ、始まったばかり……」
鏡の中の女が、不気味に微笑んでいた。

コメントを投稿