教室の片隅に立ち続ける少女の影

Table of Contents
毎日学校の授業で幽霊を見る

毎日学校の授業で幽霊を見る

「また……あの女がいた」
放課後の誰もいない教室。椎名遥は、自分の席に座ったまま硬直していた。

視線の先、黒板の前。
授業が終わったはずのそこに、また“彼女”が立っていた。

白い顔。真っ黒な髪。制服のようだが、少し時代が古い。
何より、その目だ。感情のない真っ黒な瞳で、じっと遥を見つめていた。

「あんた、また見たの?」
友人の真由が声をかけると、遥は震える手で机を握った。

「……うん。今日の2時間目の途中から、ずっと」
「やっぱ、病院行ったほうがよくない?」

遥は首を振った。
「違うの。幻覚とかじゃない。あの子、私に何かを伝えようとしてる気がする」

真由は呆れた顔をしながらも、少しだけ不安そうに目をそらした。

──遥が幽霊を見始めたのは、ちょうど一ヶ月前のことだった。

体育館での始業式。校長が話している最中、ふと壇上の後ろを見ると、制服姿の女の子が立っていた。
しかし、そこには誰もいないはずだった。周囲に話しても誰も信じてくれず、むしろ「疲れてるんだろ」と笑われた。

だが、その日からだった。
毎日、どの授業でも“彼女”が現れるようになったのは。

初めは黒板の隅に立っているだけだった。
それが徐々に近づき、今では……席の隣に、座っていることすらある。

「……先生……」
ある日の英語の授業中。遥は思わず手を挙げた。
「どうかしたの? 椎名さん」

「その……先生の後ろに、誰か、いませんか……?」

教室が一気に静まり返った。
生徒たちはくすくすと笑い出し、先生も困ったように苦笑いを浮かべた。

「椎名さん、ちょっと保健室で休んでくる?」

保健室のベッドに横たわると、遥は目を閉じた。
だが、まぶたの裏にも、“彼女”の顔が浮かんでくる。

──なぜ私なの。どうして、毎日現れるの?

その夜、自宅で古い卒業アルバムを見ていた遥は、思わずページを止めた。

「……この子……」

そこに写っていたのは、“彼女”にそっくりな少女だった。
名前は、滝沢美琴。
30年前にこの高校に通っていた生徒で、突然失踪したと記されていた。

翌朝、遥は意を決して図書室に向かった。
旧校舎の事故記録を調べてみると、そこには薄暗い記事のコピーが残されていた。

『昭和六十三年三月、女子生徒が校内で消息を絶つ。遺体は見つからず、事件性なしとして処理』

その生徒こそ、美琴だった。

「……やっぱり……あの幽霊、美琴さん……」

だが、調べを進めるうち、さらに恐ろしい事実が判明した。

──その年、美琴の失踪後、3年連続で“授業中に幻覚を見る”と訴えた生徒が、次々と行方不明になっていたのだ。

「私も……消えるの?」

怖くなった遥は、誰にも言わず、旧校舎へと向かった。
人の気配のない古びた建物。軋む床板。窓は割れ、黒ずんだチョークの跡が残る黒板。

──その奥の教室で、遥は日記帳を見つけた。
それは、美琴が残したと思われるものだった。

『私は見てしまった。先生の影に、もう一人の誰かがいた。目が合ってしまった』
『夢に出る。話しかけてくる。教えてくる……“授業はまだ終わっていない”と』

ページをめくるごとに文字は乱れ、叫びのようになっていった。

『授業が終わらない限り、私はここにいる。誰かが代わりに受けるまで──』

「……代わりって……私……?」

そのとき、背後から足音が聞こえた。

「……遥、ちゃん……」

心臓が凍りつく声だった。振り返ると、そこに──

彼女がいた。
滝沢美琴。
白く濁った目、口元には微笑み。制服の裾が風もないのに揺れている。

「私の授業……代わってくれる?」

「いや……いやぁああああ!!」

遥は叫び、教室を飛び出した。階段を駆け上がる。息が苦しい。足がもつれる。

だが──美琴はすぐ後ろにいた。

「逃げても……無駄だよ。授業、終わってないから」

遥の頭に、日記の一文が蘇る。

──“誰かが代わりに受けるまで”──

「……私が、終わらせれば……いいの?」

意を決した遥は、旧校舎の一室に入り、黒板に向かって叫んだ。

「私が……授業を受ける!終わらせるから!だから、これで終わりにしてっ!!」

その瞬間、風が吹いた。
開いていたノートが勝手に閉じ、黒板のチョークが音を立てて転がった。

──そして、静寂。

後ろを振り返ると、もう誰もいなかった。
美琴の姿も、声も、全てが消えていた。

──翌日。
遥は教室に戻った。黒板には誰も立っていない。
席について、静かにノートを広げた。

「……やっと、終わったんだよね」

そう思ったその時──

窓の外に、ひらりと白い影が見えた。
振り向くと、教室の後ろのドアが、ゆっくりと開いていた。

「……嘘……また……」

そこに立っていたのは、知らない女子生徒。
遥の知らない顔。
だが、彼女の制服は、遥たちとは違う色だった。

その少女は、遥に向かって静かに呟いた。

「今度は……あなたが“教える番”」

──授業は、まだ終わっていなかった。
遥の役目は、“代わりに受ける”だけでは終わらなかったのだ。

そして今日もまた、誰かの背後に──
誰にも見えない、“もう一人の生徒”が座っている。

コメントを投稿