夢に現れる女を描いた教室の呪い
子供たちが描いた幽霊画
「先生、また描いたよ」
夏休み明けの小学校、図工の授業中に、ひとりの児童・佐藤光輝がニコニコしながら一枚の絵を差し出してきた。
「ふふ、またお化けの絵かな?」
担任の相沢美雪は苦笑しながらそれを受け取った。
だが、そこに描かれていたのは、尋常ではない異様さを放つ“女の幽霊”だった。顔の輪郭がゆがみ、目は黒い穴のように塗りつぶされ、口元からは赤黒い線が滴っている。
「これ…どこで見たの?」
「学校の裏の森にいたの。みんなで見たから、他の子も描いてるよ」
不気味な言葉だったが、子供たちの想像力かと思い、美雪は笑って受け流した。
ところが、数日後――
「先生、黒板に誰かいる」
給食後の休み時間、教室の隅にいた女子生徒が突然叫んだ。振り返ると、黒板には誰もいない。ただ、そこにはいつの間にか“真っ黒な手形”がいくつも浮かび上がっていた。
「誰かのいたずらでしょ?先生が消しておくから」
美雪は笑顔でそう言いながらも、内心の不安を拭えなかった。
放課後、職員室で同僚の教師・高橋が声を潜めて話しかけてきた。
「あのさ…2年1組の子供たち、変じゃない?」
「何が?」
「最近、やたら“幽霊”の絵を描いてる。それも、みんな同じ女の幽霊なんだよ。顔も髪型も服装も、全部一致してる」
「それ、うちのクラスも一緒…」
ふたりは顔を見合わせた。
そして翌日、事態はさらに悪化する。
教室の後ろに貼っていた児童の作品が、夜の間に“書き換えられていた”のだ。
もともと可愛らしい色使いの絵だったはずが、すべて“血まみれの幽霊”に変えられていた。
「こんなの、誰が…」
「…誰も、夜に学校に入ってないはずだよ」
管理員の記録にも、異常はなかった。
その日の夕方、美雪は生徒のひとりに声をかけた。
「ねえ、どうしてみんな同じ幽霊を描くの?」
すると、少女はこう答えた。
「その人が、毎晩来るの。夢の中に入ってきて、言うんだよ。“描いて、描いて、私のことを忘れないで”って」
その夜、美雪は妙な夢を見た。
教室にひとりで立っていると、壁に貼られた絵の中の女が、ゆっくりと絵から這い出してきた。
黒い長髪、白いワンピース、顔ははっきりと見えないが、その眼だけが真っ黒に空いている。
「…描いて…」
目が覚めた時、額には汗がびっしょりだった。
翌日、校長から驚くべき話を聞かされる。
「実は、この学校ができる前、この土地には“村外れの祠”があったんだ。ある少女がそこに祀られていたらしい。理由は、村で流行った疫病の生贄だという噂もある」
「その子の幽霊…なんですか?」
「わからない。ただ、昔から“この土地に絵を描くと、祟られる”って言われてた」
美雪は、子供たちが無意識にその霊を呼び寄せたのではないかと考えた。
週末、彼女はひとりで学校裏の森へ足を踏み入れた。子供たちが「幽霊を見た」と言っていた場所だ。
奥へ進むと、朽ち果てた祠があった。草に覆われ、誰にも気づかれないような場所。
その中には、びっしりと絵が描かれた板があった。
すべて同じ女の顔。
そして、ひときわ新しい一枚の絵。
それは、まぎれもなく美雪自身の顔だった。
「……!!」
背筋に冷たいものが走る中、背後でカサッと木の葉が動いた。振り返ると、そこには誰もいない――ただ、風の中に、子供の笑い声が聞こえた。
その日以来、彼女は子供たちに絵を描かせることをやめさせた。だが、すでに手遅れだった。
夏の終わり、2年1組の男子生徒が突然姿を消した。
机の中には、一枚の紙が残されていた。
「次は、僕が描かれる番なんだって」
それ以来、毎月一枚ずつ、どこからともなく“幽霊画”が教室に現れるようになった。誰も描いていないはずのそれは、失踪した生徒の顔に似ていた。
ある夜、美雪は自宅の壁に何かを感じて振り向いた。
そこには一枚の紙が貼られていた。
真っ赤な背景に、黒い輪郭の女の幽霊。そして、その足元には、美雪自身の姿が描かれていた。
その絵の下には、黒い文字でこう書かれていた。
「描いて、描いて、私をもっと」
その日を境に、美雪は人が変わったようになった。笑顔は消え、授業中もぼんやりと窓の外を見つめる。黒板には無意識に“女の顔”をチョークで描いていた。
ある朝、職員室の机に封筒が置かれていた。中には、児童全員の顔が幽霊と一緒に描かれた集合絵が入っていた。目がすべて黒く塗りつぶされ、背景は真っ赤だった。
「これは…誰が?」
誰も名乗り出なかった。だが、その日からまたひとり、児童が行方不明になった。
数週間後、夜の校舎に美雪の姿があった。懐中電灯を手に、再び森の祠へ向かっていた。
「描くよ…もう、逃げないから…」
祠の前で膝をつき、美雪は紙と墨を取り出し、黙々と“女の顔”を描き始めた。
だが、描き終えた瞬間、墨が勝手に動き出し、紙の上に“自分自身の顔”が描かれていく。
「いや…やめて…!」
その瞬間、風がうなりを上げ、祠の奥から白い影が現れた。
髪を垂らし、顔のない女が、美雪に向かって手を伸ばしてきた。
翌朝、祠の前には一枚の紙が置かれていた。
そこには、相沢美雪の顔と、“その後ろに立つ幽霊の女”が描かれていた。
現在、その学校では図工の時間に“人物画”を描くことが禁止されている。
だが今でも、校舎のどこかで、時折“真っ黒な目をした女の絵”が見つかることがある。
それを見た者は、必ず言うという。
「この人…夢に出てきたことがある」
――そしてまた、新しい一枚の幽霊画が、壁に貼られる。

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