封印を破った石像が招く呪術師の怨霊

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古代の像の呪い

古代の像の呪い:封印を破った村の夜

長野県の山奥に、外部との接触を避けるようにひっそりと佇む「葛根村(かっこんむら)」という小さな集落がある。その村には、何百年も前から伝わる言い伝えがあった。

「御堂の像に触れてはならぬ。触れた者、七日以内に禍が降る」

この言い伝えは、村の中央にある古びた神社の奥、普段は誰も立ち入ることのない石造の御堂にまつわるものであった。

東京から大学の民俗学ゼミでフィールドワークに訪れた学生、田島和樹(たじま かずき)は、指導教授と数名の学生たちと共にこの村を訪れた。彼は言い伝えに強く興味を持ち、村人から話を聞くうちに、どうしてもその御堂を見たくなった。

「なあ、夜中にこっそり行ってみないか? 像を見るだけでいい」
和樹は同級生の山本理沙をそそのかした。

「ちょっと怖いけど……私も気になる。先生には内緒よ?」

その晩、二人は懐中電灯を持ち、神社の裏手にある御堂へ向かった。

御堂は重い木の扉で閉ざされていたが、なぜか鍵はかかっていなかった。

「開いてる……」

和樹がそっと扉を押すと、きぃ……と軋む音と共に中が露わになった。

中には、約1メートル半ほどの黒ずんだ石像が一体、正面に向かって座していた。顔は削れて表情がわからず、両目のあたりに深い窪みだけが残っていた。

「これが、例の“像”か……」

和樹はカメラを取り出してシャッターを切った。

「やめなよ、フラッシュ使ったら……」

その瞬間、風もないのに御堂の中に冷たい空気が吹き抜け、蝋燭がひとりでに灯った。

「え……今、火が……」

「誰かいるのか?」

返事はなかった。ただ、奥の闇から「うふふ……」という女の笑い声が微かに響いた。

「帰ろう!」
理沙が和樹の腕を掴み、二人は慌てて御堂を飛び出した。

翌朝、和樹は微熱と頭痛で目を覚ました。だが彼は気にせず、撮影した写真を確認しようとカメラを手に取った。

「……ない。写真が、全部消えてる」

しかも、削除した形跡もない。ただ、画像フォルダには1枚だけ、不自然な写真が残っていた。

それは、石像の背後にぼんやりと立つ、白い着物の女の姿だった。目がくりぬかれたように黒く、口は裂けて耳まで広がっていた。

その夜、和樹の部屋から悲鳴が上がった。

「やめろ! 俺じゃない! 見ただけだ!」

部屋に駆けつけた指導教授と理沙は、荒れた室内で震える和樹を見つけた。彼の腕には深い引っかき傷がいくつもあり、爪で刻まれたようだった。

「御堂の像に、触ったのか……?」
教授の顔色が青ざめる。

「いや、写真を撮っただけだ……」

その晩から、和樹の様子は一変した。食事もとらず、鏡を見ては「見てる、あの女が……」とつぶやくようになった。

五日目の朝、和樹は姿を消した。部屋の扉は内側から鍵がかかっており、窓も閉じられていた。部屋には、あの石像に似た小さな人形がベッドの上に置かれていた。

「呪いだ……御堂の像の呪いが始まった」

理沙は怯えながらも、真実を突き止めようと決意した。

村の古老・三宅老人を訪ねると、老人は静かに語り始めた。

「あの像は、昔々、山の神としてまつられていたものじゃ。だがある年、村に大きな疫病が起き、人々は像を山に封印しようとした。だがそれが間違いじゃった」

「どういう意味ですか?」

「本当は、あれは“封じていた側”だったんじゃ。像の中には、千年前に生きた呪術師の魂が宿っておる。封印が破られた今、魂は新たな器を求めてさまよう」

理沙の顔が青ざめた。
「和樹が……その器に?」

老人は静かにうなずいた。

「七日目、完全に“像の中身”が移る。それまでに、再封印せねばならぬ」

理沙は御堂へ向かった。夜の山道を登りながら、耳元で誰かが囁いた気がした。

──かえせ……わたしのからだ……

御堂に着くと、扉は開いていた。中には、すでに石像はなかった。代わりに、床に座っていたのは和樹だった。だが、彼の目は黒く、唇は血のように赤かった。

「……理沙、来てくれたんだね」

その声は、確かに和樹のものだった。だが、言葉の奥に別の何かが潜んでいるように感じた。

「やめて、もう戻ってきて」

「もう遅いよ。僕は……“彼女”になったんだ」

和樹の身体が震え、口から黒い煙が溢れた。煙の中に浮かぶ女の顔──裂けた口が笑っていた。

理沙は、古老にもらったお札を御堂の柱に貼り、祝詞を唱えた。

「うらめしき魂よ、元の場所へ戻れ……!」

煙は叫び声と共に渦巻き、やがて石像の台座へと引き戻された。和樹は倒れ、気を失った。

次の朝、御堂は再び封鎖され、和樹は記憶をほとんど失っていた。

だが、事件は終わっていなかった。

東京に戻った後、理沙は毎晩同じ夢を見るようになった。
夢の中で、黒い着物の女が自分に語りかけてくる。

「あなたは見たのよね……私の器にふさわしいかもしれない」

ある日、理沙の部屋に届いた包みには、村で見たのと同じ黒い像が入っていた。送り主の名前はなかった。

その夜、彼女の部屋から聞こえた笑い声は、誰のものだったのだろうか──。

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