教室に残された少女の幽霊が語る真実
隠された真実:私は幽霊だった
「ねぇ、ユウカって、最近変じゃない?」
放課後の教室で、ミカが小声でそう言った。
「どういう意味?」
私は笑って返したが、彼女の顔は冗談ではなかった。
「なんていうか、影が薄いっていうか……。昨日も職員室の先生たちが『あの子、転校したはずじゃ?』って話しててさ」
私は言葉を失った。私が転校した? そんな事実、あるわけがない。毎日この学校に通って、教室でみんなと話しているのに。
その夜、家に帰って母に聞いてみた。
「お母さん、私、本当にここに住んでるよね?」
母は少し驚いた顔をしたが、すぐに笑った。
「何言ってるの。もちろんよ。昔からこの家で暮らしてるでしょ?」
しかし、その言葉にはどこか作り物のような響きがあった。
翌朝、鏡を見ると、私は自分の顔に違和感を覚えた。
肌の色がやけに白く、唇には血の気がなかった。目もどこか虚ろで、自分の視線を感じられない。
「ねぇ、私って……生きてるの?」
鏡の中の私が、そう問いかけてきた気がした。
不安に駆られた私は、かつて住んでいたという隣町の旧家を訪ねることにした。幼い頃の記憶にあった、大きな門と古い蔵がそのまま残っていた。
蔵の扉には錆びついた南京錠が掛かっていたが、不思議と私は鍵を開けることができた。
中には古びたアルバムと、埃まみれのランドセルが置かれていた。
アルバムを開くと、そこには私の写真があった。
「あれ……これ、小学六年の卒業式……?」
しかし、最後のページに挟まれていた新聞の切り抜きが私の手を止めた。
『○○中学校女子生徒、帰宅途中に事故死。遺体は近隣の山中で発見』
写真付きの記事には、私の名前と、私の顔が載っていた。
「……嘘、でしょ……」
震える指で読み進めると、その事故は3年前、私が中学に入ってすぐのことだった。
「じゃあ、私は……死んでるの?」
急に周囲の音が消え、蔵の中が冷気に包まれた。背後で誰かが立っている気配がして、振り向くと、そこにいたのは私だった。
もう一人の「私」は静かに言った。
「思い出して。あなたが何者かを。みんな、もうあなたを見ていないの」
私はその姿に触れようとしたが、手は空を切った。
その瞬間、記憶の扉が一気に開いた。
――あの日、友人と別れて帰る途中、山道で足を滑らせて転落した。
痛みも叫びもなく、ただ冷たい土の中で目を閉じていた。
「ずっと、気づかないフリをしてたの?」
もう一人の私が問いかける。
「でも、もう終わりにしなきゃ」
私は無言で頷いた。蔵を出ると、外の空は夕暮れで、まるで時間が止まっているようだった。
その足で私は学校へ向かった。校門は鍵が掛かっていたが、私はそのまま中に入れた。
教室に入ると、生徒たちの声が聞こえた。
「ねぇ、最近この教室で足音聞こえない?」
「鏡に知らない女の子が映ってたって話もあるよ」
私は黒板の前に立ち、クラスメートの顔を見渡した。誰も私に気づかない。ただ一人、ミカを除いて。
彼女の視線が、確かに私を捉えていた。
「ユウカ……なの?」
「うん、私……覚えていてくれてありがとう」
その言葉と共に、私は涙を流した。
その瞬間、教室の時計が止まり、私の身体が少しずつ透けていくのがわかった。
ミカが席を立ち、私に駆け寄ろうとしたが、彼女の手は空をすり抜けた。
「私、ようやく分かったの。ずっとここにしがみついていたことが、間違いだったって」
教室の窓から光が差し込み、私の身体は白く輝き始めた。
「バイバイ、ミカ。生きてるあなたは、前を向いてね」
私は静かに目を閉じ、光の中へと消えていった。
――数日後。
ミカは学校の裏庭に、古びた写真立てを見つけた。中には、中学の制服を着た私の笑顔があった。
「やっぱり、ユウカはここにいたんだね……」
彼女は静かに手を合わせ、微笑んだ。
そして誰もいない教室の隅に、誰にも見えない少女の影が、一瞬だけ揺れた。
しかし、物語はそれで終わらなかった。
ミカはその日から、夜になると夢の中で必ず「ユウカの声」を聞くようになった。
『ミカ……助けて……まだ、ここにいるの……』
ある夜、彼女は夢の中で再び教室に立っていた。そこには椅子に座ったまま動かない、目を閉じた私がいた。
「ユウカ? また来たよ。今度こそ、ちゃんとお別れしよう」
彼女は私に手を伸ばし、そっと肩に触れようとした。
だがその瞬間、私の目がカッと開き、口元から黒い霧のようなものが噴き出した。
『…まだ…終わってない……わたし…だけじゃ…ない…』
ミカは飛び起きた。額は冷や汗で濡れていた。
翌朝、彼女は図書館で町の古い記録を調べ始めた。すると、ある一件の失踪事件が目に留まった。
『10年前、ユウカの姉・レイカが行方不明に』
ミカは知らなかった。ユウカには姉がいたこと、そしてその姉もまた、中学校の近くで忽然と姿を消していたことを。
「じゃあ、ユウカの魂が解放されても…レイカさんはまだ…」
その夜、ミカは再び夢の中で呼ばれた。今度は、旧校舎の地下へ。
彼女は夢の中で扉を開けた。
そこには、制服のまま、椅子に縛られた女性が静かに眠っていた。
目を開けたその女性は、まるでユウカにそっくりだった。
「……あなたが、レイカさん…?」
女性はうっすらと笑いながら頷いた。
『私を見つけてくれてありがとう。やっと、目を閉じられるわ…』
次の日の朝、ミカが学校に行くと、旧校舎の地下に封鎖されていた扉がなぜか開いていた。
中には誰もいなかったが、古びた髪飾りと一冊の日記が置かれていた。
日記の最後にはこう書かれていた。
『ユウカ、いつかあなたが真実に辿り着くことを願っている』
空に一筋の風が流れ、どこかで鈴の音が鳴った。
教室の窓辺には、かつての少女たちの影が、そっと微笑み合っていた。

コメントを投稿