封印の鐘が鳴る夜、白装束の女が現れる寺
幽霊が出る寺
京都の外れ、山間にひっそりと佇む古寺「蓮厳寺(れんごんじ)」には、長年語り継がれている噂があった。
——夜になると、鐘の音とともに白い着物の女が現れる。彼女は参拝者の名前を一人ずつ呼びながら、消えていくという。
大学生の中村優斗(なかむらゆうと)は、その話をレポートの題材にしようと考え、心霊現象に興味のある友人・佐々木翔(ささきしょう)と共に蓮厳寺を訪れた。
「なあ、優斗、本当にこんな場所に幽霊出るのかよ?」
「まぁ伝承として調べるだけだから。夜までいれば何か起こるかもしれないし」
昼間の蓮厳寺は静かで、苔むした庭や朽ちかけた木造の本堂が時の流れを物語っていた。僧侶もおらず、今は無人の寺だという。
境内を歩いていると、一枚の木札が落ちていた。
「これは……?」
優斗が拾い上げると、そこには達筆で「冥界ノ門ヲ開クナ」と書かれていた。
「不気味だな……まさか洒落にならないんじゃ……」
翔が冗談混じりに言ったが、優斗の表情は曇ったままだった。
夜が訪れ、二人は本堂に忍び込み、ビデオカメラを設置した。
午前零時、寺の奥にある鐘楼から「ゴーン……」という鈍い音が鳴り響いた。
「え? 誰かいるのか……?」
「でも、この寺って無人だろ?」
音のする方へ向かうと、そこには誰もいなかった。だが、鐘の下には一対の足跡が、濡れたようにくっきりと残っていた。
「足跡……しかも裸足だ……」
その時、本堂の方から微かに女の嗚咽のような声が聞こえた。
「……うう……かえして……」
二人は顔を見合わせ、恐る恐る本堂に戻ると、そこには白い着物を纏った女性が柱の陰に立っていた。
「あれは……」
翔がカメラを向けた瞬間、女性がゆっくりとこちらを振り返った。顔は半分焼けただれ、目は黒い空洞のようになっていた。
「きゃあああっ!!」
翔が後ろへ転び、カメラが床に落ちる。優斗は立ち尽くし、声も出せなかった。
「かえして……かえして……」
女は一歩一歩近づいてくる。
「かえして……あの鐘を……」
優斗は思い出した。蓮厳寺の古い文献に「戦火で亡くなった娘が、鐘と共に埋葬された」とあったことを。
「もしかして……鐘の下に何かが……?」
翔を助け起こし、再び鐘楼へ向かうと、土台の石に不自然な継ぎ目があることに気づいた。
二人は手で土を掘り起こし、小さな木箱を見つけた。箱には「沙織」と書かれていた。
開けると、中には焦げた写真と小さな鈴が入っていた。
「これが……彼女の……」
その瞬間、空気が震え、白い女が目の前に立っていた。
「それは……わたしの……」
女は箱に手を伸ばし、微かに笑った。
「ありがとう……これで……ようやく……」
その体は薄くなり、夜の闇に溶けるように消えていった。
その後、蓮厳寺の鐘の音は二度と鳴らなくなり、翔のカメラに残されていた映像には、女の姿が鮮明に映っていた。
「優斗、これ……本当にやばい映像だよ。俺、しばらく寺とか行けない……」
優斗も頷きながら、そっと箱を寺の地中に埋め戻した。
「沙織さん……どうか安らかに……」
今も蓮厳寺には誰も近づかない。白い女の声が、鐘の代わりに夜風に混じって聞こえてくるという。
——そして、それから一年後。
翔は精神を病み、大学を休学していた。カメラの映像を繰り返し見るうちに、幻聴と幻覚に悩まされるようになったのだ。
「女の声が……毎晩聞こえるんだ……“かえして”って……」
ある日、翔の部屋から彼が失踪したとの連絡を受けた優斗は、胸騒ぎを覚えながら蓮厳寺に向かった。
朽ちた門をくぐると、微かに鈴の音が風に混じって響いていた。
「翔……お前、いるのか……?」
答えはなかった。しかし、本堂の奥から人の気配がした。懐中電灯を手に進むと、血文字で壁に「冥界ノ門ハ未ダ開イタママ」と書かれていた。
その足元に、翔のスマートフォンと焦げた布切れが落ちていた。
「まさか……」
優斗は恐怖に震えながらも、沙織の魂がまだ成仏していないことを悟った。彼女の望みは、箱を見つけただけでは終わらなかったのだ。
「冥界の門……それが開いたままってことは……」
優斗は再び地中から木箱を掘り出し、箱の底を調べると、もう一枚の写真と紙が出てきた。そこには「娘の魂は鐘と共に封じよ」と書かれていた。
「鐘……あの鐘が……」
彼は力を振り絞り、鐘を再び鳴らした。その瞬間、強い風が吹き、女の悲鳴が響いた。
「あああああああああっ!!!」
鐘の音が終わると同時に、境内は静まり返り、異様な空気は消えていた。
翌朝、翔は寺の境内で発見された。意識は戻ったが、彼は何も覚えていなかった。ただ一つだけ——
「白い女が……笑ってたんだ……ありがとうって……」
それ以来、蓮厳寺には再び静寂が戻った。鐘は鳴らず、白い影も現れない。
けれども夜になると、風に乗って小さな鈴の音が、誰にも聞こえないはずの音として残っているという。

コメントを投稿