月夜に現れる血塗れ兎と呪われた祠の伝説

Table of Contents
月の兎の秘密

月の兎の秘密

月が満ちる夜、山奥の小さな村「影月村(かげつきむら)」では、古くから伝わる奇妙な伝承があった。それは、「満月の夜に、月から兎が降りてきて、生贄を求めてさまよう」というものだった。

その話を初めて聞いたのは、中学生の佐伯涼(さえきりょう)が夏休みに祖母の家に泊まりに行った時だった。

「おばあちゃん、本当に月の兎なんているの?」
涼が笑いながら聞くと、祖母は真剣な顔で首を横に振った。

「涼、お前、あの山の奥には絶対に近づくんじゃないよ。昔、本当に人がいなくなったんだからね……月の兎に連れて行かれたのさ」

笑い話だと思っていた涼だったが、その夜から妙な夢を見るようになる。

——夢の中で、月明かりに照らされた白い兎が、血のついた足で彼の方へ跳ねてくる。

「返して……わたしの子を返して……」

兎の目が赤く光り、背後には女のような影がにじんでいた。

「ひっ……!」

涼は目を覚ました。汗びっしょりだった。

次の日、祖母にその夢のことを話すと、祖母の顔が蒼白になった。

「それは……やはり兎様が目をつけたんだよ……」

「え……? どういうこと?」

祖母は昔の話をし始めた。

「昔ね、この村では飢饉があって、子供たちが何人も亡くなったの。その時、一人の女が月に祈ってこう言ったのさ。『どうかこの子を救ってください、命と引き換えでもいい』って」

「そして……その晩、月が赤くなり、白い兎が現れた。兎は子供の命を取って、女の願いを叶えたの。その後、女も村から消えたわ……」

「それ以来、月の兎は生贄を求めて村をさまようようになったの」

話を聞いた涼は、それでも怖さよりも好奇心が勝ってしまい、翌日の夜、こっそり山へ向かった。

月はまん丸に輝き、辺りは昼のように明るかった。

山の奥へと進んでいくと、小さな祠があった。そこには古びた木札に『兎神』と書かれていた。

「こんなところに祠が……」

その時だった。

「カッ……カッ……」

何かが跳ねるような音が後ろから聞こえた。振り向くと、白くて大きな兎がそこにいた。

しかし、それは普通の兎ではなかった。目が赤く輝き、毛並みは血に濡れていた。

「おまえ……返して……わたしの子を……」

兎が口を開いてしゃべった。人間の女の声だった。

「うわっ……!」

涼は後ずさりし、転んでしまった。兎はゆっくりと近づいてくる。

「見つけた……おまえが生贄……」

その瞬間、祠の奥から何かが光り、兎の姿がかき消えた。

「……涼!」

祖母が息を切らして駆け寄ってきた。

「祠が守ってくれたんだよ……やっぱり、夢を見た時点で兎様に目をつけられてたんだ……」

その後、涼は祖母に連れられ村の外に出され、もう二度と影月村に戻ることはなかった。

だが、十年後——

大人になった涼は夢に悩まされるようになっていた。

「返して……返して……わたしの子を……」

夢の中で、再び血まみれの兎が現れた。

涼は決意し、再び影月村へ向かった。村はすでに廃村になっており、草に埋もれた祠だけが残っていた。

「俺に何の関係があるんだ……!」

涼が叫ぶと、祠の奥から、血に染まった女の幽霊が現れた。

「おまえは……あの女の血を引いている……生贄の約束を……果たせ……」

涼の母は、あの祈った女の子孫だったのだ。

全てを理解した涼の身体は冷たくなった。次の瞬間、月明かりの下、兎が再び姿を現し、涼の身体を包み込んだ。

その翌朝、村に訪れた登山者が、祠の前に倒れる男の亡骸と、血まみれの兎の足跡を見つけたという。

そして今も——
満月の夜、影月村跡地では、赤い目をした兎がひとり歩く姿が目撃されるという。

しかし物語は終わらない。

涼の死から三ヶ月後、彼の妹・佐伯真理(まり)は兄の遺品の中から一冊のノートを見つけた。そこには兎の夢の記録と、月の兎についての調査が細かく記されていた。

「兄さん……あなた、本当に何かに追われてたんだ……」

真理は、兄の死の真相を確かめるべく影月村跡地へ足を踏み入れることを決意する。

村へ向かう途中、彼女は古びた地蔵に見守られた道を通る。そこで出会った老婆がこう言った。

「あの兎に近づいてはいけないよ……あれは“神”じゃない、“呪い”だよ」

祠に着いた真理は、兄と同じように祠の前で何かを感じた。

「ここが……全ての始まり……」

その瞬間、夜空に雲がかかり、赤い月が浮かび上がった。

草の音。

振り返ると、そこにいたのは真っ赤な目をした巨大な兎だった。

「返せ……あの子を返せ……」

「誰なの……? その“子”って……兄さんじゃないの……?」

兎の姿はゆがみ、女の顔が浮かび上がった。それは確かに真理の曾祖母と似た面影を持っていた。

「わたしの……あの子は……月に連れて行かれた……あんたたちの血で……返せ……」

「わかった……わたしたちが償う……でも、これ以上誰かを奪わないで……!」

真理は自らの腕を切り、血を地面に垂らした。すると、祠が光り、兎の姿は煙のように消えていった。

その後、真理は意識を失い、目覚めた時には地元の警察に保護されていた。

影月村の祠はその数日後、落雷によって崩れ、完全に姿を消した。

だが、祠のあった場所には、赤い目の兎が今でもひっそりと座っていると言われている——次なる生贄を、じっと待ちながら。

コメントを投稿