体内に巣食う寄生虫と囁く恐怖の声

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体内の寄生虫

体内の寄生虫

「ねえ、最近、お腹の中で何か動いている感じがするの……」
美咲はそう呟いた。薄暗い喫茶店の隅で、彼女の顔は青白く、目の下には深いクマができていた。

「また悪夢でも見たんじゃないの? ここのところずっと寝不足みたいだし」
私は冗談めかして返したが、美咲はうつむいたまま震えていた。

「違うの。本当に、腹の中で何かが動くの。昨日なんて、皮膚の下を這い回ってた……自分で見たのよ」
私は背筋が寒くなった。

美咲とは大学時代からの親友だったが、ここ数ヶ月で急に痩せ始め、笑顔も消え、言動におかしな点が目立っていた。

「病院には行ったの?」
「行った。でも、何も見つからないって……」

その夜、美咲の部屋を訪ねることになった。彼女は築四十年の古いアパートの三階に住んでいた。部屋に入ると、薬の空き瓶と医療書の山が積まれていた。

「最近、夢と現実の区別がつかなくて……でも、確かに中にいるの。そいつは……喋るの」
「え? 喋るって……」
「『ここにいる』って、そう聞こえたのよ」

その瞬間、美咲は腹部を押さえて叫んだ。「あああっ!」
彼女のTシャツの下で、腹が波打つように動いた。私は言葉を失った。

「見たでしょ……! いるのよ、まだ、生きてる……!」
私は慌てて携帯を取り出し、動画を撮った。しかし、画面には何も映っていなかった。ただ、彼女が苦しむ姿だけが残されていた。

その夜は、美咲のそばにいることにした。彼女は布団に横たわりながら、ずっと腹部を撫でていた。

「聞こえる……また囁いてるの。『お前の体は温かい』って……」

私は眠れぬまま朝を迎えた。翌朝、美咲は少し落ち着いているように見えたが、皮膚の一部が赤黒く変色していた。

「これ、何だと思う?」
私は何も言えなかった。まるで何かが皮膚の下で巣を作っているかのようだった。

その日の午後、彼女を東京郊外にある民間の「特殊な医療機関」に連れて行くことにした。ネットで調べたところ、寄生虫専門の闇医者がいるという噂があったのだ。

診療所は山奥の古い旅館のような建物だった。玄関には「外来不可」と書かれていたが、事前に連絡しておいたため中に入れた。

医師は小柄な老人で、無言で私たちを診察室に案内した。

美咲が症状を話すと、彼は黙ってうなずき、腹部に聴診器を当てた。
その直後、彼の顔がこわばった。

「……これは、"コクモリ"だな」
「コクモリ?」
「古い地方伝承に出てくる寄生虫だ。普通の検査では見つからない。憑く相手の精神を蝕み、最後には完全に身体を乗っ取る」

私たちは愕然とした。

「治療法はあるんですか?」
医師は首を横に振った。
「完全に取り除くには“宿主の自我”を断ち切らねばならん。しかし、それは本人の命と同義だ」

「じゃあ、美咲は……」
「今のうちに、せめて意識のあるうちに、記録を残しておくことだな」

帰り道、美咲はずっと黙っていた。夜、彼女は自分の手帳に何かを記録し始めた。

翌朝、彼女の部屋を訪れると、静まり返っていた。
玄関のドアは開いていた。

中に入ると、美咲は机に突っ伏していた。
「美咲!」
彼女は静かに顔を上げた。その瞳は、もう美咲のものではなかった。

「やっと……自由になれたの」
そう呟いたその声には、明らかにもう一つの存在の響きがあった。

そして、彼女の腹が再び動いた。今度は、皮膚が裂け、何か黒い、粘液に覆われた細長い生き物が姿を現した。

「出てくる……あああっ!」
私は叫びながら部屋を飛び出した。

それが何だったのか、今でも分からない。ただ、美咲はその日を境に行方不明となり、アパートは数週間後に解体された。

だが、最近になって、私の腹にも……時折、蠢くような感覚があるのだ。
そして、夜になると耳元で聞こえる。
「ここにいる」
——その声は、確かに美咲の声だった。

私は医者の忠告を無視し、あの山奥の診療所を再び訪れた。
建物は既に朽ち果て、診療所の形は跡形もなくなっていた。

代わりに、そこには小さな祠が建っていた。
「コクモリ封印之社」と書かれた札がかかっていた。

中を覗くと、白い紙に巻かれた瓶がいくつも並べられており、その中には干からびた虫のようなものが浮かんでいた。

「ようこそ」
突然、後ろから声がした。振り返ると、以前の医師が立っていた。

「君も感染したんだね。ならばもう戻れない」

「治せるんですよね? どうにかして……」

「それは、自分の中の“声”と向き合うことだ。寄生は身体だけではない。記憶に、感情に、居座るんだ」

私はその場で祠の前に座り込み、夜まで声と対峙した。
「私は私。お前じゃない。出て行け……!」

しかしその声は、どこまでも優しく、懐かしく語りかけてきた。
「でも君は、寂しいんだろ? 私がいれば、ずっと一緒だよ」

私は泣きながら、自分の腹を抱きしめた。もはや、どちらが本当の“自分”か分からなかった。

そして、最後に美咲の声が聞こえた。
「ようこそ、私たちの世界へ」

私はそれきり、言葉を発しなくなった。今もこの山奥の社で、訪れる者を待ち続けている。

もしあなたが夜中に腹の中で何かが動くのを感じたなら——
それは、もうすぐ“声”が届くという兆しなのかもしれない。

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