誰も知らない深夜の歌声に誘われて

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真夜中の幽霊歌

真夜中の幽霊歌

千葉県の山間部にある小さな村「神音(かみね)村」。この村には、決して口にしてはならない古い民謡があると言い伝えられている。

それは「幽霊歌(ゆうれいか)」と呼ばれ、真夜中にその歌を口ずさむと、どこからともなく声が重なり、最後には自分の命を持っていかれるという。

東京の大学に通う民俗学専攻の学生、麻衣(まい)は、この伝説に興味を持ち、卒業論文のために神音村を訪れた。

「本当にそんな歌があるんですか?」
麻衣が村の老人に尋ねると、彼は目を細めて答えた。

「忘れた方がいい。若い娘が興味本位で近づいて、何人も戻ってこなかった」

「でも、記録に残っていないんです。せめて歌詞だけでも教えてください」

老人はしばらく黙っていたが、やがて口を開いた。

「一度だけだぞ。夜には絶対に口ずさむな」

そう言って、彼は短く、旋律のないような不思議な詞を口にした。

 山の奥 闇の中 
 迎えに来るは 白き声 
 忘れし子らの 影ぞ鳴く 
 月に溶けゆく 夜の唄

麻衣はそれを書き留めた。その夜、彼女は村の外れにある古民家の民宿に泊まった。時計はすでに23時を回っていた。

——あの歌、ただの迷信だよね。

好奇心に駆られた麻衣は、小さな声でそっと口ずさんでしまった。

 山の奥 闇の中……

歌い終えると同時に、外の空気が一変した。風が止み、虫の声も聞こえなくなった。

「……静かすぎる」

そのとき、遠くから子どものような声がかすかに響いてきた。

「うた……いっしょに……」

ゾクリと背筋が凍った。窓を見やると、そこには濡れた髪の女の子が立っていた。

麻衣は叫び声をあげて、電気をつけた。だが、少女の姿は消えていた。

翌朝、民宿の女将に昨夜のことを話すと、彼女の顔色が変わった。

「それは“ユウ”だね……あの子は、歌に引かれて死んだ女の子。姿を見たら、三日以内に同じように消えると言われてるよ」

「どうすれば助かるんですか……?」

「“歌の終わり”を歌うしかないの。でも、誰もそれを知らないの」

麻衣は村中を回って“歌の終わり”について聞いたが、誰も知らなかった。

二日目の夜、彼女は再び夢を見た。真っ暗な森の中、幽霊のような子供たちが彼女のまわりを囲んでいた。

「うたって……」

「ねえ、つづき……」

彼らは目のない顔で微笑み、麻衣の手を引いた。

目が覚めると、麻衣の手には泥がついていた。

「夢じゃなかったの……?」

三日目、彼女は最後の手段として、村の最奥にある“唄神社”へ向かった。そこは現在は使われておらず、封印されたように荒れていた。

境内には、苔むした石碑が立っており、そこにかすれた文字が刻まれていた。

 歌を終えるは 母の声
 抱きしめるまで 夜明けず

麻衣はハッとした。これは“終わりの歌詞”だ。

その夜、再び現れたユウの霊に向かって、麻衣は石碑の歌詞を静かに歌った。

 歌を終えるは 母の声
 抱きしめるまで 夜明けず

ユウは一瞬止まり、ぽろりと涙をこぼした。

「……おかあさん……」

その瞬間、部屋の空気がふっと温かくなり、ユウの姿はやさしい光に包まれて消えていった。

麻衣は床に崩れ落ち、しばらく動けなかった。だが、どこかで聞こえる子守歌のような声に、心が安らいでいくのを感じた。

翌朝、民宿の女将が目を潤ませて言った。

「あの子、ようやく成仏できたんだね……ありがとう」

麻衣は東京へ戻ったが、その出来事は決して論文には書かなかった。

——だって、あの歌を知る人が増えれば、また誰かが……

だが、それで終わったわけではなかった。

ある夜、麻衣の部屋のドアの前に、見知らぬ紙包みが置かれていた。中には古びたカセットテープと、手書きのメモが入っていた。

『歌の続きは、ここにある』

恐る恐る再生すると、テープからはあの「幽霊歌」が流れてきた。が、それには続きがあった。

 夜の唄 風に乗り 
 彷徨い子らを 呼び戻す 
 眠れぬ者よ 声を聴け 
 母が待つ 月の下

そして、最後に微かに聞こえた声——

「まい……また、うたって」

その晩、部屋の電気が一斉に消え、窓が音もなく開いた。風もないのに、カーテンが大きく揺れていた。麻衣は震える声で叫んだ。

「……もうやめて……!」

だが部屋の奥からは、小さな足音が聞こえ、カセットの再生ボタンが勝手に押された。

テープから流れる、ユウの声。

「ひとりじゃ、さびしいよ……」

翌朝、麻衣は大学の授業に姿を見せなかった。部屋を訪れた友人が見たのは、床に落ちたテープと、夜中のまま止まった時計。

針は午前0時、ちょうど「真夜中の幽霊歌」が再生されたとされる時刻で止まっていた。

神音村の伝説は、今も誰かの口から伝わっている。だが、決して夜にその歌を口ずさんではならない。

なぜならその声に——まだどこかで誰かが、
「いっしょに、うたおう」と囁いているのだから。

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