井戸の底で微笑む母の顔と呪われた村の真実

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黒い古井戸の秘密

黒い古井戸の秘密

山奥の村にある小さな神社の裏手に、誰も近づこうとしない黒ずんだ古井戸があった。
その井戸は「呪われた井戸」と呼ばれ、昔から村人の間で恐れられていた。

「ねえ、本当に行くの? あの井戸、やばいって噂だよ。」
高校生の早紀は、友人の涼と夏休みの課題として「地元の伝説を調査する」という企画でこの村に来ていた。

「だからこそ行く価値あるじゃん。噂の真相、確かめようよ。」
涼はカメラを首にぶら下げて、興奮気味に言った。

二人は村の長老に話を聞くことにした。

「あの井戸に近づいてはならん。何人も…帰ってこなかったのじゃ。」
震える声で語る長老は、かすかに目を細めて続けた。
「あれはな、人間の怨念が染み付いた場所…。井戸の底には何も映ってはならぬものが映る。」

その言葉に早紀は不安を感じたが、涼は逆にさらに興味を持ったようだった。

翌朝、二人は神社の裏へと向かった。木々に囲まれた薄暗い小道を抜けると、苔に覆われた古びた井戸が現れた。

「うわ…黒い…。水、見えないね。」
早紀が井戸を覗き込んだが、底は暗闇に飲まれて見えなかった。

涼はビデオカメラを構え、井戸の縁に近づいた。
「ちょっとライトで照らしてみよう。」

涼が懐中電灯を照らすと、底の方で何かがわずかに動いた。

「今…何か見えた?」
「うん、動いた…人影、みたいな…」

その瞬間、井戸から冷たい風が吹き上げ、二人は思わず飛び退いた。

「やばいって!帰ろう、涼!」
「待って、もう少し…」

涼が井戸をのぞき込んだ瞬間、彼の目が何かに釘付けになったように動かなくなった。

「涼?どうしたの?」

「母さん…?」

涼の口から漏れた言葉に早紀は驚いた。

「今、なんて言ったの?」
「母さん…そこにいるの…?」

「やめて!涼、目を離して!」

早紀が涼の腕を引こうとしたその時、井戸の中から女の白い手が涼の首をつかんだ。

「ぎゃあああっ!」

涼の身体は井戸の中に引きずり込まれた。早紀は悲鳴を上げてその場を逃げ出した。

村に戻った早紀は、すぐに大人たちに助けを求めたが、誰も井戸には近づこうとしなかった。

「涼くんはもう…戻らん…。あの井戸に囚われたのじゃ。」

絶望の中、早紀はある夜、涼のスマホから送られてきた動画を受け取った。

《映像には、井戸の底の水面に浮かぶ涼の顔、そして背後に立つ和服姿の女が映っていた。女はゆっくりとカメラに向かって振り返り、こう言った。》

「あなたも…来てくれるのね…」

映像が終わった瞬間、早紀の背後で“ギギ…”という音がした。振り向くと、自室の床の一角が黒く濡れていた。

「えっ…なに、これ…?」

黒い水はゆっくりと広がり、まるで井戸のような丸い形を作っていた。

その夜、早紀は夢を見た。暗い井戸の中、涼が泣きながらこう叫んでいた。
「助けて…戻れないんだ…母さんが…母さんじゃない…!」

彼の背後には、血に濡れた顔で微笑む女が立っていた。

翌日、早紀は再び神社へと向かった。

「涼を…助ける方法があるなら…知りたいの…」

長老はため息をついた。
「一つだけ方法がある…。井戸の中に“母”を成仏させることじゃ。
ただし、魂に触れてはならん。触れた者も同じ場所に引き込まれる。」

早紀は決意を固め、手に小さな仏具と供え物を持って再び井戸へ向かった。

井戸の前に立ち、静かに目を閉じた。
「お母さん…どうか、涼を解放して…」

すると、井戸からぼんやりと和服姿の女が浮かび上がった。

「あなた…私の息子を返して…」

「違う…涼くんはあなたの子じゃない。あなたは…もう亡くなってる!」

女の表情が一変し、裂けた口からうめき声が漏れた。

「ウアアアアアアアアアアッ!」

早紀は震える手で仏具を掲げ、経を唱え始めた。女の体は煙のように崩れ、井戸の中へと消えていった。

その瞬間、井戸の底から涼の声が聞こえた。
「早紀…ありがとう…」

一筋の光が井戸の奥に差し込んだ。

それからというもの、井戸は不思議なことに透明な水を湛えるようになり、黒ずんだ影は消え去っていた。

涼は戻らなかったが、村に再び行方不明者が出ることはなかった。

しかし、早紀のスマホには今でも時折、深夜2時に“未読のメッセージ”が届く。

「母さんが…また呼んでる」

それは、決して終わらない呪いの始まりだったのかもしれない。

…数ヶ月後、早紀は都会へ戻り、日常を取り戻しつつあった。
だがある晩、彼女のアパートの水道から黒い水が流れ始めた。
「えっ、また…?」
蛇口を締めても止まらず、洗面台の鏡に何かが映った。

それは、涼の母と思われる女だった。
「見つけたわ…」

驚いた早紀は後ずさりし、電気を点ける。だが、そこには誰もいなかった。

次第に、夢の中でも彼女はあの井戸に引き寄せられていく。

ある晩、夢の中で涼と再会した。
「早紀、君だけは逃げて…。母さんじゃないんだ。あれは…“井戸に捨てられた怨霊”なんだよ。」

涼の語った真実は、さらに恐ろしいものだった。
「母さんは…死んだんじゃない。村の儀式で“身代わり”にされたんだ。村人たちが井戸に捧げた…」

村に伝わる儀式――「水籠(みずごもり)」という風習では、災厄を鎮めるため、選ばれた者が井戸に生きたまま捧げられるという。

涼の母は最後の生贄だった。そして今、その怨念が新たな“子”を探している。

次に選ばれるのは誰なのか――

その夜、早紀の部屋にまた黒い染みが現れた。井戸の形をした黒い輪から、濡れた足音が響いてくる。

ドン…ドン…ドン…
玄関の扉を叩く音。スマホが鳴る。

【メッセージ:開けて。あなたも“私の子”だから】

目を閉じた早紀の耳元で、誰かが囁いた。

「お帰りなさい、わたしの子――」

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