監獄の亡霊

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監獄の亡霊

囚われし怨霊

山間の静かな町、岐阜県某所にある旧刑務所跡地は、地元では「死者の囁きが聞こえる場所」として知られていた。戦前に建てられたその建物は、戦犯や重罪人が収容されていた歴史を持ち、昭和末期に廃止された後は長年放置されていた。

大学生の早川聡(はやかわ さとし)は、オカルト研究サークルの先輩からその刑務所跡の話を聞き、「夏の肝試し企画」と称して仲間数人とともにその場所へ行くことになった。

「本当に出るって噂あるのかよ?」
「ああ、看守の霊が夜中に巡回してるとか、独房の中で誰もいないのに足音が聞こえるとかな」

そう言ったのはサークルのリーダー格・藤木(ふじき)だった。彼は懐中電灯と録音機材を手にして、まるで心霊番組のレポーターのようなテンションで話していた。

夕方6時、旧刑務所跡に到着した一行は、蔦に覆われた鉄門を越えて敷地内に足を踏み入れた。

「うわ……空気が重いな。マジでここ、何かあるんじゃない?」
と、女子メンバーの麻衣(まい)が不安げな声を漏らした。

「大丈夫、ビビってるだけだって」
聡はそう言いながらも、自分の心臓が不自然に早く鼓動しているのを感じていた。

建物の中に入ると、薄暗い通路、錆びた鉄格子、そして剥がれ落ちた壁の漆喰が独特の不気味な雰囲気を醸し出していた。

「まずは独房棟を見てみようぜ」
藤木が先導し、一行は奥の独房棟へと足を進めた。

その時だった。

「……カツン……カツン……」

誰も歩いていないはずの奥の通路から、規則的な足音が聞こえた。

「おい、今の……」
聡が声を発すると同時に、照明もないはずの奥から微かな灯りがチラチラと動いていた。

「まさか……誰かいるのか?」
全員が息を呑んでその方向を見つめたとき、古びた制服姿の男がゆっくりとこちらに向かって歩いてくるのが見えた。

「逃げろ!!」
叫んだのは藤木だった。彼は誰よりも早く駆け出した。

しかし、聡の足は動かなかった。その男の顔に、目がなかったのだ。黒い空洞のような目の奥から、呻き声が響いていた。

「……まだ、出られない……罰が終わっていない……」

気がつくと、麻衣も立ちすくんでいた。

「さとし……こっち……何か……変だよ……この部屋、動いてる……」

見渡すと、独房の壁が少しずつ狭くなってきているように感じた。幻覚か、それとも……

「逃げるぞ!」
ようやく我に返った聡は麻衣の手を取り、出口へと向かった。しかし、通ってきたはずの通路はいつの間にか閉ざされていた。

「うそ……出られない……」
麻衣が怯えながら囁いたとき、背後から何かが近づいてくる気配がした。

「罰を受けろ……裏切り者は、逃げられない……」

再びあの声が聞こえた瞬間、聡の視界が真っ暗になった。

――気がつくと、彼は病院のベッドに横たわっていた。

「あっ、目が覚めた! 先生、意識が戻りました!」

母親の声が聞こえた。

「……あれ? 麻衣は? 他の皆は?」

看護師が困った顔をして答えた。

「旧刑務所跡地で倒れていたのはあなただけです。警察が探しても他の人は見つからなかったんですよ」

聡の背筋が凍った。

「そんな……麻衣は確かに一緒にいた……手を……」

その夜、彼は夢を見た。真っ暗な独房の中で、麻衣が壁に向かって立っていた。

「麻衣!!」

「しーっ、聡……ここはね、罪を償う場所なの。私……一度、入ったらもう出られないの……」

麻衣の目からは黒い涙が流れていた。

「あの時、私はあの男を見捨てた……まだ学生だったけど、見学に来た時に……独房に入れて……鍵を……遊びで閉じ込めて、そのまま……」

聡は目を覚ましたが、涙が頬を伝っていた。

それからというもの、彼の部屋では異変が続いた。

夜中に突然開くクローゼットの扉。
洗面台の鏡に、後ろに立つ制服姿の男の姿が映る。
そして、毎晩決まって聞こえる足音――

「カツン……カツン……」

ある夜、聡は我慢できず、例の刑務所跡へ一人で向かった。

「このままじゃ、何も終わらない……」

懐中電灯を持ち、再び蔦に覆われた鉄門を越えた。

深夜の刑務所跡は異様な静けさに包まれていた。彼は独房棟へ足を進める。

そこに、変わり果てた麻衣がいた。

「聡……来てくれたの……ありがとう……でも、遅かったの……」

麻衣の足元には、血で染まった鍵が落ちていた。

「これは、彼の鍵……この独房に閉じ込められた看守……彼は、助けを待っていたのに……私は……ふざけて、閉じた……」

その瞬間、鉄格子の奥から何かが現れた。

全身が焼け爛れたような顔。両手には錆びついた手錠。

「償いは……終わっていない……」

聡は震えながらも問いかけた。

「お前は……看守だったのか……?」

その霊は静かに頷いた。

「私は最後の日、助けを求めていた……誰も来なかった……生徒たちが、鍵を持って逃げた……私は独房で……飢え死にした……」

その声には怒りよりも、深い哀しみがあった。

聡は鍵を拾い、震える手で鉄格子の鍵穴に差し込んだ。

「これで……償いになるのなら……」

鍵が回った瞬間、すべてが静かになった。

霊の姿はゆっくりと消えていき、麻衣もまた微笑みながら光の中へと消えていった。

その朝、警察が独房内で古い日記を発見した。

「8月14日。閉じ込められた。助けを待つ。彼らは戻ってこないのか……」

そこには、生前の看守の無念が綴られていた。

以来、聡の部屋からはもう足音が聞こえることはなくなった。

ただ一つ、今も彼は夢の中で、あの独房の鍵を持ち続けているという。
――償いの続きを、見届けるために。

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