深夜の職場に響く首なし幽霊の足音の真相
オフィスに現れる首なし幽霊の謎
都内のとあるIT企業で働く佐伯翔太(さえき しょうた)は、深夜まで残業する日が続いていた。社員たちが次々と帰宅し、オフィスが静寂に包まれる頃、翔太は不思議な音に気づくようになった。
「カツン、カツン…」
それは誰もいないはずの廊下から聞こえるヒールのような足音だった。最初は気のせいかと思ったが、それは毎晩、決まって深夜2時に聞こえてくるのだった。
ある日、翔太は同僚の美咲(みさき)にそのことを打ち明けた。
「なあ、美咲。深夜に変な音、聞いたことない?」
「え…カツン、カツンってやつ?実は私も聞いたことある…でも誰もいないんでしょ?」
「そう。俺、ちょっと気になっててさ。録音でもしてみようかなって思ってる」
その夜、翔太はスマートフォンのボイスレコーダーを起動し、机の上に置いたままコピー機の部品整理をしていた。そして、例の時間――2時が近づく。
「カツン…カツン…」
やはり聞こえてきた。だが今回は音が明らかに近づいてくるのが分かった。翔太は静かにドアの隙間から廊下を覗いた。
そこには、スーツ姿の女性らしき影が、ゆっくりとオフィスの中央に向かって歩いていた。しかし、顔が…ない。
「な、なんだあれ…!」
思わず後ずさりした翔太は、机の角に足をぶつけてしまい、鈍い音を立てた。その瞬間、影がピタリと立ち止まり、翔太の方に向き直った。
慌ててドアを閉めた翔太は、心臓の鼓動が耳に響くほど激しくなっていた。影はそれ以上追ってこなかったが、朝まで彼は椅子に座ったまま震えていた。
翌日、翔太は録音を確認し、美咲にも聞かせた。録音には足音と、微かに女の嗚咽が混じっていた。
「……これは、本物だよ翔太」
「どうする?社長に言うか?」
「言っても信じてもらえないと思う…でも、このままじゃまずいよね」
調査の結果、かつてこのオフィスが建つ前、この場所には小さな出版社があり、ある女性社員が過労の末、自殺していたという記録が見つかった。
「彼女、きっとまだこの場所を彷徨ってるんだよ…」
美咲が呟いたその言葉に、翔太も頷かざるを得なかった。彼らは、花を供え、静かに冥福を祈った。しかしその夜――。
「カツン、カツン…」
再び響いた音に、翔太は顔を青ざめさせた。幽霊はまだ、何かを訴えようとしていたのだ。
物語はここで終わらない。翌週のある晩、翔太が再び一人で残業していたとき、パソコンの画面が突然暗転し、文字が浮かび上がった。
「かえして…」
翔太はぞっとして立ち上がる。部屋には誰もいない。しかし、パソコンの画面は何度もその言葉を繰り返して表示していた。
「返して…?何を?」
翌日、彼は古い資料室に向かい、かつての出版社時代の資料を掘り返す。そこには亡くなった女性の名前と、未発表の原稿の存在が記されていた。
「これか…」
翔太は原稿を見つけ出し、コピーを取り、近くの神社に持っていき供養を頼んだ。それ以降、あの足音は二度と聞こえなくなった。
だが、ある晩、オフィスに一人残っていた美咲が、ふと翔太のデスクを見たとき、そこに一枚の紙が置かれていたという。
「ありがとう」
震える文字でそう書かれたメモ。その下には、あの未発表の原稿のタイトルが記されていた。
そして、誰もいないはずの廊下から、静かに、しかし確かに響くヒールの音が一度だけ聞こえたという。
――それから一年後。
翔太は異動で他の支社に移ったが、美咲はまだ同じオフィスに残っていた。あの出来事以来、怪異は完全に収まったかに見えた。
しかし、ある雨の夜、美咲が残業していたときだった。
「カツン…カツン…」
懐かしく、しかし恐ろしくもあるあの音が再び響いた。
「……嘘、でしょう?」
廊下に出ると、そこにはぼんやりと光る白い影が佇んでいた。それは以前とは違い、首のある女性だった。美咲が驚きの声を漏らすと、女性はゆっくりと近づいてきて、穏やかな表情で微笑んだ。
「ありがとう…原稿、届けてくれて…でも、まだ終わってないの」
その言葉を最後に、影はすっと消えた。美咲はしばらくその場から動けなかった。幽霊は、ただ原稿を返してほしかっただけではなかった。
翌日、翔太にその話をしたところ、彼も黙り込んでしまった。
「終わってないって…どういう意味なんだろうな」
さらに調べていくと、彼女が亡くなる前に書いていた原稿には、まだ未完成の続きがあったことが判明した。
翔太と美咲は、その未完の小説を読んだ。そして、続きの構想と思われるノートを資料室で見つけた。
「完成させてあげようか」
「…うん、彼女の声を、残そう」
二人は力を合わせて原稿の続きを書き上げ、小さな自費出版として世に出した。
出版の日、彼らの元に風のような涼しい気配が通り過ぎた。廊下のどこかから、確かに――
「ありがとう…」という微かな声が聞こえた。
それ以来、首なし幽霊は完全に姿を消した。けれど、夜のオフィスで小説を読むと、どこかから優しい視線を感じることがあるという。
この物語は、ただの怪談ではなく、一人の魂が残した想いと、それを繋いだ人々の物語でもあった――。

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