夢の中の顔

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夢の中の顔

夢の中の顔

「おかしいな……また、同じ夢だ」
大学生の宮田葵は、朝目覚めるたびにその言葉を呟いていた。ここ数日、彼女は同じ夢を繰り返し見ていたのだ。
それは、暗い山奥の神社の境内。誰もいないはずなのに、背後からじっと見つめられている感覚。そして、振り向くと、そこに「顔」が浮かんでいる――ただの顔。首も体もなく、宙に浮かぶ不気味な男の顔だけ。

「あの顔……毎回少しずつ近づいてる気がする……」
夢の中では何もできず、ただその顔に見つめられるだけ。目覚めると汗だくで、心臓が激しく鼓動していた。

友人の美咲にその話をすると、冗談交じりに言われた。
「それって“夢見の呪い”ってやつじゃない?」
「……なにそれ?」
「昔の話でさ、夢の中で知らない顔に出会って、何度も見るようになったら、その顔の人が“本当に”現れるって……」

美咲は笑っていたが、葵は笑えなかった。なぜなら、昨日見た夢では、顔の距離が自分の目の前すれすれまで近づいていたからだ。

「それに……あの顔、現実でも見た気がする」
そう、先日大学の帰り道、電車の向かいの席に座っていた男。顔だけが夢に出てきたそれと酷似していた。目が異様に大きく、口元には絶えず笑みを浮かべている。

その夜も、夢はやってきた。
暗い神社。葉のざわめき。しんと静まり返った空間の中で、彼女は再び背後の気配に気づく。
「……来た」
ゆっくりと振り返ると、そこには顔があった。だが、今回は違った。
「ようやく……気づいたね」
声を発したのだ。その瞬間、葵は目を覚ましたが、体はまったく動かなかった。

金縛り。
視界の端に、何かが立っているのが見えた。いや、立ってはいなかった。「浮かんで」いたのだ。
夢の中と同じ顔が、彼女の枕元に宙に浮いていた。
「やっと……会えた」
その声は耳の奥に直接響き、全身に鳥肌が立った。
次の瞬間、意識が闇に沈んだ。

朝になり、葵は大学を休んだ。どうしても一人で部屋にいるのが怖くなり、美咲に連絡をして会うことにした。

「……で、その顔が現実にも出てきたって?」
「うん。夢と同じ顔。まるで私を探してるみたいに」
「ねぇ、それ……調べてみよう。夢の中の顔、ってネットで検索してみたら?」

スマホで調べると、「この顔を見たことがありますか?」というページが出てきた。画面には、葵が夢で見た顔と瓜二つのイラストが表示されていた。

『2006年、ニューヨークの精神科に通うある女性患者が、夢の中に現れる“見知らぬ顔”をスケッチした。その後、同じ顔を夢で見たという報告が世界中から寄せられ、現在では数千件を超える目撃情報が存在する――』

「これ……私が見たのとまったく同じ」
葵の声は震えていた。
「でも、何で……?」
「多分ね、それ……夢の中で“呼ばれてる”のかも」
美咲はそう呟いた。

その夜、葵はまた夢の中にいた。
だが今度は、神社の境内ではなく、彼女の自室。現実と寸分違わぬ部屋の中で、あの顔が窓の外に浮かんでいた。

「どうして……」
葵が問いかけると、顔は言った。
「君は忘れたんだ。昔、僕を見たことを。君が最初に“僕の存在”に気づいたのに、無視した」

記憶の奥底で、何かがざわめいた。小学生のころ、山奥の祖母の家に遊びに行った夏の日。森の奥で、奇妙な神社を見つけたことがあった。そして、そこにあの顔が浮かんでいた――

「思い出したね」
「……なんで……?」
「あのとき、君は逃げた。僕を“見なかったこと”にした。だから、ずっと探してたんだ」

次の瞬間、顔は葵の真正面に現れ、こう囁いた。
「ようやく……夢の中で会えた。次は……“こっち”で待ってるよ」

葵の叫び声と共に、夢は終わった。
だが、彼女は目を覚ますことはなかった。

翌朝、美咲は心配になって葵の部屋を訪ねた。
チャイムを押しても反応がなく、管理人の協力を得てドアを開けると、そこには眠るように横たわる葵の姿があった。

彼女の目は開かれたまま。虚空を見つめ、微笑むような表情で凍りついていた。
部屋には異常はなかった。ただ、一枚の紙が机に置かれていた。
そこには、こう書かれていた。

「夢の中で、顔に出会ったら……目を合わせてはいけない」

美咲は震えながら部屋を後にした。その夜、彼女もまた、同じ夢を見た。

暗い神社。ざわめく森。
そして、背後から、静かに近づく“顔”の気配――

「次は……君の番だよ」

そして数日後、美咲もまた大学に来なくなった。葵の件で神経をすり減らした彼女がしばらく休むのだと皆は思っていたが、彼女の部屋には誰も応答しなかった。

美咲の部屋には、不思議なメモが残されていた。
「夢を見た。顔が話しかけてくる。もう目を逸らせない」
そこには線で引っ掻いたような顔の絵が繰り返し描かれていた。

やがて、都市伝説のように「夢の中の顔を見た人が消える」という噂が大学内に広がっていく。
それはやがてネットにまで拡散され、匿名掲示板ではこの顔のことを「夢顔様」と呼ぶようになった。

「夢顔様に目を合わせると、連れていかれる」
「あの神社は、現実に存在するらしい」
「葵の祖母の家の近くだ。あの山には誰も近づかない」

ある投稿者が、山奥の神社を探しに行ったという日記をブログにアップした。最初の数回は、森の様子や神社の写真が掲載されていたが、ある日を境に更新が止まった。

最後の投稿には、短くこう記されていた。

「顔を見た。夢の中ではなく、現実で。もう逃げられない」

それ以降、彼の消息は誰にもわからない。

夢の中に現れる顔。
それは誰かに忘れられた存在か、あるいは、忘れられることを恐れた何か。

だが一つだけ確かなことがある。
その顔は、今夜も誰かの夢の中で、じっと見つめている――

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