トンネルの闇

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トンネルの闇

トンネルの闇

「あのトンネル、知ってる?」
午後十時、静まり返った居酒屋のカウンターで、佐藤悠馬(さとう ゆうま)は酒を片手にそう切り出した。

「またその話か?」
隣に座る幼馴染の高橋真央(たかはし まお)は、苦笑しながら箸を置いた。

「いや、今度の話はちょっと違うんだよ。例の“常盤トンネル”に入ったやつが、この前、本当に行方不明になったらしいんだ」

「常盤トンネル……って、あの廃線になった旧道の?」

悠馬は頷いた。

「10年以上前に封鎖されたはずなのに、金網が破れてて、中に入れたんだって。でも、中に入った大学生が、二度と出てこなかったらしい」

真央は少し顔をこわばらせた。

「……あそこって、昔交通事故が多発してたって噂、あったよね」

「ああ、でもそれだけじゃない。聞いた話じゃ、トンネルの中に入った人間は、“闇”に飲み込まれるんだってさ」

「闇?」

「ただの暗闇じゃない。“何かがうごめく闇”だよ。光を吸い込んで、音すら消える。で、その“闇”に触れたら、もう戻ってこられない」

「また都市伝説か……」

だがその夜、真央の心には、妙なざわつきが残った。

数日後、真央と悠馬はそのトンネルへと向かっていた。

「本当に行くの?」

真央は夜の山道を車で走りながら、助手席の悠馬に聞いた。

「ああ。確かめたいんだ。俺の兄貴も……あのトンネルでいなくなったんだ」

「えっ……初耳だよ、それ」

「10年前のことだ。夜、ひとりで肝試しに行って、それっきり……警察も捜したけど、見つからなかった」

やがて、木々に囲まれた細い道の先に、錆びついた看板が現れた。

「立入禁止 常盤トンネル」

その奥には、巨大な口を開けるようにして、闇に包まれたトンネルの入り口があった。

金網をくぐり、懐中電灯を手にトンネル内へと足を踏み入れる。中は予想以上に湿気と黴臭さに満ちていた。

「……なんか、空気が重くない?」

「ああ。まるで肺が潰されるような圧だ」

数歩進むと、空間の温度が明らかに下がった。息が白くなり、汗ばんでいた肌が冷たくなっていく。

「これって……異常だよな」

その瞬間、「カツ……カツ……」と響く足音、そして「いや……帰して……」という女のすすり泣く声がした。

「今の……聞こえたよね?」

光を向けても、何も映らない。ただ空間そのものが闇に飲み込まれているような不気味さがあった。

突然、入口が消えていた。

「えっ……嘘、戻れない……!?」

辺りは完全な“闇”に包まれ、懐中電灯すら意味をなさなかった。

悠馬が叫ぶ。「うわあああっ!」

彼の足元から黒い手が伸び、脚を引きずり込もうとしていた。

「放して!!」

真央は懐中電灯を振り回し、必死に悠馬を引っ張った。その手は骨と皮だけの人間の腕のようだった。

「真央……兄貴も……この闇に……」

その時、奥から声が響いた。

「ユウマ……帰れ……ここは……」

兄の声だった。光が一筋、トンネルの奥に差し込む。

「今だ!走れ!」

二人は手を取り合い、闇の中を駆け抜けた。目の前にトンネルの入口が現れ、地面に転げ出るようにして脱出した。

背後で「ドン……」という音とともに、トンネルの中の空気が沈黙する。

その後、警察によって保護されたが、二人の証言は信じてもらえなかった。

だが、その夜以降、真央は奇妙な夢を見るようになった。

――誰かが「帰して」と泣きながら訴えている夢。

ある晩、真央は夢の中で、あのトンネルの中に再びいた。冷たい闇に包まれ、誰かが背後に立っている。

「助けて……ここから出られないの……」

振り返ると、制服姿の少女がいた。顔はぼやけて見えないが、彼女の足元には血のような水たまりがあった。

「あなたも……あのとき、私を見たよね……」

夢から覚めた真央は、額に汗をかきながらも、なぜかその少女が現実に存在していたような感覚に襲われた。

「……もしかして、あの闇には“記憶”が封じられているのかも」

後日、真央は市立図書館で、10年前にトンネルで死亡した少女の新聞記事を見つけた。

『女子高生、トンネル内で失踪。遺体未発見。原因不明』

写真には、夢で見た制服姿の少女と同じ顔が写っていた。

「あの子は、ずっと……あの闇に取り残されてるんだ」

真央と悠馬は再び決心する。少女の霊を、闇から解放するために。

そして、二人は最後の覚悟を胸に、三度目の訪問を決行した。

トンネルの中で少女の名前を呼ぶ。

「佐々木美優(ささき みゆ)さん……ここから、一緒に出よう!」

その瞬間、トンネル内に風が吹き、どこからともなく光が差し込む。

すすり泣く声が次第に静まり、ふわりと誰かが笑ったような気配があった。

「ありがとう……やっと、眠れる……」

その言葉とともに、二人の前にあった黒い霧のような“闇”が、ふっと消えていった。

外に出ると、夜明けの光が二人を包んでいた。

「終わったのかな……」

「ああ。でも、忘れないよ。あの闇の中で、何が起きていたのか」

そして常盤トンネルは、完全に封鎖され、地元の地図からも姿を消した。

だが、ネットの都市伝説にはこう記されている。

『常盤トンネル――そこには、“記憶を喰らう闇”が眠っている。』

そして今夜も、誰かがその“闇”に呼ばれているのかもしれない。

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