最後のメッセージ

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最後のメッセージ

最後のメッセージ

「春香、今夜もまた来たよ……」
深夜一時。都内の小さなワンルームマンションの一室に、スマートフォンの着信音が静かに鳴り響いた。
画面に表示されたのは、非通知の番号からのメッセージ。

──「あなたは覚えていますか?302号室のことを。」

受信者は大学三年生の佐々木春香。彼女はこのマンションに住み始めてから三ヶ月が経っていた。
「また非通知……誰なのよ、気味悪い」
春香は眉をひそめながらも、なぜかそのメッセージを削除できずにいた。心のどこかで、その言葉に引き寄せられている自分がいた。

302号室――
春香が住んでいるのは301号室。その隣にあるはずの302号室は、常に静まり返っていて、人の気配を感じたことがなかった。入居当初、不動産会社は「現在空室です」とだけ告げた。

翌朝、春香は大学の講義が終わった後、管理人の老女・江藤に声をかけた。
「あの……302号室って、ずっと空いてるんですか?」
江藤は目を伏せ、少し間を置いてから答えた。
「ええ……もう、三年近く誰も住んでいませんわ」
「そうですか……」
だが、春香は気づいた。江藤の手がわずかに震えていたことに。

その夜、またスマートフォンが震えた。
──「ドアの前で待っています。今夜、話せますか?」
恐怖と好奇心が交錯する中、春香は意を決して玄関のドアスコープを覗いた。
誰もいない。だが、そこにはひとつの古びた携帯電話が置かれていた。
驚きながら拾い上げると、電源は入っており、ひとつの未送信メッセージが保存されていた。

──「私はまだ、ここにいます。302号室に、閉じ込められているのです」

その瞬間、マンション全体がわずかに軋んだような音を立てた。春香の心臓は高鳴り、手に持った携帯電話の画面が突然ノイズ混じりに点滅した。

翌日、春香は大学でオカルト研究サークルに所属する友人・圭太に相談した。
「春香、それ……もしかしたら怨霊かもしれない」
「怨霊……?」
「強い未練を残して亡くなった人の魂だよ。閉じ込められてるってことは、その部屋で何かあったのかも」

圭太の助言で、春香は図書館で過去の新聞記事を調べ始めた。
そして、三年前の小さな記事にたどり着いた。

──「女性大学生、マンション302号室で孤独死。発見は死後一ヶ月後」

名前は「田嶋紗夜」。当時20歳。春香と同じ年だった。死因は不明、警察は事件性なしと判断していた。

「私、彼女と同じ部屋の隣に住んでるんだ……」
春香は震えながら呟いた。

その夜、再びメッセージが届いた。
──「見つけてくれてありがとう。だけど、まだ終わっていません。私の最後の言葉を、あなたに託したい」

春香は決心した。302号室に入るしかない。
翌日、江藤を訪ねて事情を話すと、彼女は渋々一本の鍵を差し出した。
「もう……誰かが行かないと、いけなかったのかもしれませんね」

夕暮れ時、春香は302号室の前に立った。鍵を回すと、重い音とともにドアが開いた。
室内は異様なほど冷たく、空気が張り詰めていた。埃に覆われたテーブルの上に、一冊のノートが置かれていた。

──「誰かが気づいてくれるまで、私はここにいます」
そう書かれた最初のページの下に、無数の“Help me”という文字が書き殴られていた。

ページをめくると、紗夜の生前の心情が綴られていた。孤独、家族との断絶、助けを求めたが誰も応えてくれなかったこと。

──「誰か、気づいて。誰か、聞いて。私はここにいます。ずっと待っています」

最後のページにはこう記されていた。
──「もしこのノートを読んでくれる人がいたら、私の存在を忘れないで。忘れられることが、一番怖いのです」

春香の目から涙がこぼれた。彼女はポケットからスマートフォンを取り出し、自分のSNSに投稿した。
「三年前、この部屋で亡くなった女の子がいます。彼女の名前は田嶋紗夜。今でもここで、誰かに気づいてほしいと願っています」

投稿には、日が経つにつれ多くの反響が寄せられた。「忘れません」「あなたの声、届きました」

数日後、春香のもとに最後のメッセージが届いた。
──「ありがとう。やっと、行けます。もう、大丈夫です」

それ以来、非通知の着信も、302号室からの気配も、一切なくなった。

だが春香は忘れない。孤独に耐え続けた紗夜の想いと、その“最後のメッセージ”。

ある晩、春香はノートの一節を声に出して読み上げた。
「忘れられることが、一番怖いのです……」
静かな部屋の中で、確かに風が優しく吹いたような気がした。

そして、彼女はそっと呟いた。
「紗夜、もう一人じゃないよ。あなたのこと、ずっと覚えてるから」

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