妖怪の宴

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妖怪の宴

妖怪の宴

夏の終わり、京都の山奥にある小さな集落「鏡坂(かがみざか)」では、百年に一度だけ開かれるという不思議な祭りの噂があった。その名も「妖怪の宴」。決して地元の者たちは語らない。だが、都会から来た大学生の綾瀬翔太(あやせしょうた)は、民俗学の研究のため、その祭りに強い興味を抱き、現地へと足を運んだ。

村は霧に包まれ、携帯も通じない。住人たちはどこかよそよそしく、翔太が祭りのことを尋ねると、皆一様に顔を曇らせた。そんな中、古びた神社で出会った老婆・紗世(さよ)だけが、口を開いた。

「その祭りを見に来たのかい……?ふふ、見るものじゃないよ。『見られる』ものなんだ」

その言葉の意味を、翔太はまだ知らなかった。

数日後の深夜、村の外れから奇妙な笛の音が聞こえてきた。翔太はカメラを持って音の方へと向かった。森の奥に灯る無数の提灯、そして人とは思えぬ影たち。彼は目を疑った。

「……これは……!」

巨大な狐面を被った者、頭から角を生やした者、長い舌を垂らす女。どれも日本の伝承に出てくる妖怪そのものだった。彼らは円を描いて踊り、酒を交わし、何かを讃えていた。翔太は茂みの影から静かにシャッターを切った。

そのとき——

「見たな」

低く、這うような声が後ろから聞こえた。

振り返ると、背丈ほどの大きな目玉だけの妖怪が翔太を見下ろしていた。足がすくみ、逃げようとするも身体が動かない。

「見た者は、“宴”に加わらねばならぬ」

意識が遠のく中、翔太は妖怪たちに引きずられていった。

——目が覚めると、翔太は祭りの中央にいた。周囲には人間の姿をした村人が立っていたが、その顔は仮面のように無表情で、どこか現実味がなかった。紗世もそこにいた。

「ここは“間”の世界。お前は今、こちらとあちらの狭間にいる」

「帰れるんですか……?」

「宴が終わればな。だが、お前が“器”として選ばれたなら……戻れぬ」

妖怪たちは次々と翔太の前で舞を披露し始めた。笑い声、歪んだ音楽、宙を舞う火の玉——現実とは思えない光景が広がる。

「これが……妖怪の宴……」

やがて、狐面の大妖怪が翔太に近づいた。

「その目、気に入ったぞ。人の世と“こちら”をつなぐ目……貰おうか」

翔太は叫んだ。だが声は出なかった。狐面が手をかざした瞬間、視界が真っ暗になった——

翌朝、翔太は神社の前で目を覚ました。カメラも荷物も、すべて元通りだった。ただ、記憶の中にある宴の光景だけが、現実感をもって残っていた。

村を出る直前、紗世が再び現れた。

「宴のことを人に語ってはならぬよ。語れば——“迎え”が来る」

翔太は頷くしかなかった。

数年後、都市伝説として「妖怪の宴」の話をネットで見つけた人たちが、鏡坂村を目指すようになった。しかしその後、行方不明になる者が相次ぎ、村の入り口には“立入禁止”の看板が立てられた。

そしてある晩——翔太の部屋のドアを、誰かがノックした。

コン、コン……

「見たな」

かすれた声とともに、彼の視界はまた暗転していった。

——“宴”は、今もどこかで続いている。

それから翔太の姿は、二度と現実世界には戻らなかった。彼が残したカメラには、妖怪の姿は何一つ写っていなかったが、一枚だけ、不自然な写真があった。

提灯の揺れる森の奥。そこに、紗世がこちらを見つめて立っていた。その目は、まるで人間ではなかった。

現在、「妖怪の宴」の噂は、ネット上のオカルトフォーラムで再び盛り上がりを見せている。ある投稿者はこう語る。

「山中で奇妙な音楽を聞いた」「夢の中に狐面が現れた」「深夜に誰かがノックしてきた」

そして、こう締めくくられていた。

「……もし“宴”に呼ばれたら、もう逃げられない」

あなたの住む町にも、今夜——

誰かがノックするかもしれない。

コン、コン……

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