深夜のコンビニ
深夜のコンビニ:誰もいないはずのレジ
「いらっしゃいませ〜」
それは、深夜2時過ぎのことであった。
東京郊外の住宅地にある小さなコンビニ「マルミヤ」は、24時間営業ではあるが、深夜の時間帯には滅多に客が来ない。
その夜、バイトの佐伯拓也(さえき たくや)は、カウンターの奥でコーヒーを飲みながら眠気と戦っていた。
「うわぁ……あと3時間もあるのかよ」
彼はため息をつき、カウンターに肘をついた。だが、その時——
「ピンポーン」
自動ドアが開く音が響いた。
拓也は急いで立ち上がり、「いらっしゃいませ!」と声をかけた。
しかし、入口の方には誰もいない。
「……?」
不審に思い、彼は店内を見回した。雑誌コーナー、冷蔵庫、菓子棚——どこにも人影はない。
(またセンサーの誤作動か……)
そう思いながらカウンターに戻ろうとしたその時、レジの後ろから「ピッ」というバーコードの読み取り音がした。
「えっ?」
レジに近づくと、そこには誰もいないのに、レジ画面には“おにぎり 1個 ¥120”と表示されていた。
拓也は背筋に冷たいものが走った。
「……誰か、いるんですか?」
もちろん返事はない。レジ周辺を何度も確認したが、客どころか猫一匹見当たらない。
(……やばいな。寝不足で幻覚でも見てるのか?)
拓也は自分を落ち着かせるため、バックヤードに戻り、先輩バイトの野田にLINEを送った。
「野田さん、今、レジが勝手に動いてるんですけど……センサーおかしいですよね?」
数分後、返信が届いた。
《深夜は絶対にレジに近づくなって言ったよな?見たのか?》
(え?何言ってんだ?)
返信を打とうとした瞬間——
「……いらっしゃいませ」
今度は、自分の声じゃない。
女の声が、確かに店内に響いた。
慌ててレジに戻ると、そこに1人の女性が立っていた。
髪は長く顔が隠れており、白いワンピース姿。
「すみません、お会計……」
彼女は無表情のまま、商品を置いた。それは、賞味期限が5年前に切れている即席麺だった。
「……あの、こちらの商品は……」
拓也が言いかけると、女は首をゆっくりと傾けた。
「ここの夜勤……あなたが初めてじゃないのよ」
「え?」
「みんな、辞めたの。だから、私が代わりにレジをやってたの」
その瞬間、彼女の顔がパッと照明に照らされた。そこには、目も鼻も口もなかった。
「——っ!!」
拓也は悲鳴を上げてバックヤードに逃げ込み、鍵を閉めた。
(なんだ今の……幻覚か?いや、現実だ……俺は、ちゃんと見た!)
震える手でスマホを取り出し、再び野田に連絡する。
「助けてください、白い女が……変な女が……」
その時、スマホの画面が急に真っ暗になり、次の瞬間、LINEの通知が一斉に表示された。
《レジに戻れ》
《レジに戻れ》
《レジに戻れ》
恐怖で泣きそうになりながら、彼は隅でうずくまった。だが——静寂は長く続かなかった。
「ピンポーン……」
「ピッ」
「ありがとうございました〜」
店内から、自分の声が聞こえてくる。
(俺、何も言ってない……なのに……)
拓也は意を決して扉を開けた。
そこには、先ほどの白いワンピースの女がレジに立っていた。笑っている。
——いや、それは「拓也」だった。
自分と同じ顔をした「もう一人の自分」が、コンビニの制服を着て客に接客していたのだ。
「お疲れ様。もう、交代の時間だよ」
拓也は、その場で意識を失った。
——翌朝。
店長が出勤してくると、レジには何事もなかったように制服姿の拓也が立っていた。
「おはようございます。夜勤、異常なしです」
だが、その目には光がなかった。まるで、空っぽの器のようだった。
その後、拓也は家にも帰らず、バイトも辞めず、毎夜レジに立ち続けているという。
今も、深夜2時を過ぎると——
「いらっしゃいませ」と、誰もいない店内で声が響いているそうだ。
ある日、常連の配達員・川島が早朝に商品を補充しに来た。
バックヤードに荷物を運んだ後、ふとレジを見ると、拓也がじっとこちらを見ていた。
「……おう、佐伯くん。今日も頑張ってるな」
しかし、返事はなかった。
そしてふと目を離した一瞬、拓也の姿がレジから消えていた。
あわてて周囲を探しても誰もいない。コンビニ全体が、まるで時間を止めたかのように静まり返っていた。
その日を最後に、川島は二度とその店に近づかなかったという。
深夜のコンビニの教訓:
深夜のシフトには、もう一人“誰か”がいる。レジの向こう側に立っているのは、本当に自分かどうか……一度、確認してみてはいかがだろうか。

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