深夜バスの乗客

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深夜バスの乗客

深夜バスの乗客

東京発、山形行きの深夜バス「ミッドナイトライナー315号」は、深夜23時45分に新宿駅を出発した。
平日にもかかわらず、乗客は8人。皆、静かに眠る準備をしていた。

運転手の佐藤は、このルートを10年以上担当しているベテランだった。しかし、この日だけは妙な胸騒ぎがしてならなかった。

「今日は霧が濃いな……」

出発して1時間ほど経ったころ、最後部の座席に一人の女性がひっそりと座っていることに佐藤は気づいた。
出発時にはいなかったはずだ。だが、乗車名簿には「鈴木美咲」という名前がある。

(見落としか? いや、そんなはずはない)

佐藤は無線で確認しようとしたが、トンネルに差しかかっているためか電波が入らない。

途中休憩のサービスエリアに到着し、乗客たちはトイレや売店に向かった。しかし、その女性だけは微動だにせず、じっと前を見つめていた。

気になった佐藤は声をかける。
「お客様、サービスエリアに着きましたが……降りませんか?」

女性はゆっくり顔を上げた。
その顔は真っ白で、まるで血の気がなかった。

「……わたし、ここには……いないはず……」

「えっ?」

次の瞬間、バスのライトが一瞬だけ消えた。
照明が戻ると、女性の姿はそこにはなかった。

(夢……じゃないよな?)

乗客たちが戻り、バスは再び出発。佐藤は平静を装ったが、バックミラーを何度も見返してしまう。

すると、後部座席に……彼女がまた座っていた。

佐藤は思わずブレーキを強く踏んでしまい、乗客たちがざわつく。

「どうかしましたか?」と、前方の男性客が尋ねる。

「いや、なんでもありません……すみません」

深夜2時を回ったころ、バスは山道にさしかかった。急なカーブが続き、霧はさらに濃くなっていた。

そして、突然、道路の中央に白い着物の女が立っていた。

「うわっ!」

急ブレーキ。乗客たちの悲鳴が車内に響く。

だが、外には誰もいなかった。

佐藤は震える手でドアを開け、外を確認する。誰の姿もない。
ただ、道路脇に立てられた古びた看板だけが、風に揺れていた。

【旧〇〇峠 通行注意 ※事故多発地帯】

バスに戻ると、乗客のひとりがつぶやいた。
「……またあの人、後ろに座ってますよ」

佐藤は振り返る。最後部に、確かにあの女が……

そして、女は口を開いた。
「ねえ……わたし、ここから乗ったんじゃないの……。
……置いて行かれたの……あの夜、あのバスに……」

佐藤は背筋に氷を流されたような感覚を覚えた。

10年前、同じルートで走っていたバスが、この峠で転落事故を起こした。そのとき亡くなったのが、鈴木美咲、当時22歳。

彼女は最後部の席で発見されたが、遺体は見つからなかったという。

「……まだ、乗っていたのね……」

突然、車内の温度が下がる。窓に無数の手形が浮かび上がる。
乗客たちが悲鳴を上げる中、ライトが一瞬暗くなり……再び点いたときには、女の姿は消えていた。

バスはそのまま目的地に到着。

すべての乗客が降り、佐藤は念のため車内を見回る。
最後部の座席に、何かが落ちていた。

それは、血でにじんだチケットだった。
そこには、はっきりと「鈴木美咲」の名が書かれていた。

佐藤はそれを手に取った瞬間、耳元で囁きが聞こえた。

「次は……あなたの番よ」

その夜以降、佐藤は姿を消した。

現在も「ミッドナイトライナー315号」には、ときおり最後部に“9人目の乗客”が現れるという。

そして彼女は、乗るたびに誰か一人を“連れて行く”のだと――

深夜バスに乗るあなた、隣の席に誰が座っているか、確かめてみることだ。

――そして一年後。

新しい運転手・川島が、そのミッドナイトライナーを担当することになった。
前任の佐藤の失踪事件は未解決のままだったが、会社では一切触れてはならない“タブー”とされていた。

その夜、川島は8人の乗客を確認し、問題なく出発。だが途中で乗客が数を数えながら言った。

「運転手さん、このバス、10人乗ってますよ」

「……え? 9人じゃなくて?」

「後ろに、白い服の女の人がいるでしょう? あの人、最初から乗ってた?」

川島は急いでバックミラーを見る。
最後部に、白くぼやけたシルエットが微動だにせず座っていた。

彼は無意識にハンドルを強く握りしめた。

その翌朝、ニュースが流れた。
「昨夜未明、山形方面に向かっていた夜行バスが行方不明となり、運転手を含めた9人の捜索が行われています」

深夜バスの乗客――その席は、ひとつ空いているかもしれない。
だが、その隣に座るのは、あなたなのか、それとも……。

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