孤独な魂
孤独な魂:山寺に棲む影
(前半省略。以下は追記分から)
東京に戻った翔太の日常は、見かけ上は元に戻った。しかし、夜になると決まって“鈴の音”が頭の中で鳴るようになった。
チリン……チリン……
目を閉じれば、あの山寺の暗い本堂が脳裏に浮かび、あの女の虚ろな目が翔太を見つめている。
「……忘れないで……私は、ここにいるの……」
その声は、日を追うごとに鮮明になっていった。翔太は眠ることが怖くなり、講義も欠席しがちになった。
ある日、大学の友人・中島が翔太の様子を心配して、声をかけてきた。
「おい、最近ずっと目の下クマひどいぞ。なんかあったのか?」
「……夢に、毎晩、同じ女が出てくるんだ。雪の山寺で、鈴を鳴らして……」
「は? 山寺? なんかそれ、聞いたことあるな。長野の“迷い寺”って噂、知ってるか?」
「迷い寺?」
「ああ、行ったら最後、帰れなくなるっていう伝説の寺。昔、テレビの心霊特集でも取り上げられてたよ。見た目は普通の古寺だけど、入ったら“誰かに会う”って……」
翔太の背筋が凍った。——それは、まさに自分が体験したことだった。
その晩、翔太は決意した。「このままじゃおかしくなる」と思った彼は、再び長野の村を訪れる決意をする。
——“彼女”に、会いに行く。
村へ着くと、前回とは違う異様な空気を感じた。民家の窓はすべて閉められ、人影もほとんど見えない。
宿に泊まると、女将がひそひそと囁いた。
「……最近、また“誰か”が歩き始めたって噂でしてな……雪に足跡だけが残っておって……」
翔太は黙って頷き、翌朝、雪が降る中で再び山寺を目指した。
道中、また“足跡”があった。今度は明らかに二人分——一方は前を歩く誰か、そしてもう一方は……“後ろ”からついてくるような感覚。
「……見えていないだけで、ずっと、近くにいたのか……」
寺にたどり着くと、前回と同じように本堂の扉がギィ……と開いた。
「……また来てくれたのね」
中には、あの女が座っていた。しかしその姿は前よりもはっきりしており、生者のように見える。
「君は……なぜ、ここにいるんだ?」
「一人だったからよ……誰も来てくれなかった。ここで凍えて、死んで……でも、私の心はまだ“誰か”を待っていたの」
翔太はポケットから古びた数珠を取り出した。それは祖母の遺品で、村の古老が「身を守るお守り」としてくれたものだった。
「これを、持っていてくれ……少しでも、心が安らぐなら」
女はその数珠を手に取り、ふっと微笑んだ。
「ありがとう……でも、それじゃあ、あなたは?」
「え?」
「その代わり、あなたは、私の“こころ”を持っていって……」
その瞬間、翔太の視界が反転した。
——暗闇。
気づけば翔太は、本堂の中に立ち尽くしていた。しかし自分の身体が、動かない。声も出ない。目の前には、さっきまでの“翔太”が立っている。
「これで……一人じゃなくなったわね」
女の声が響く中、翔太の意識は、寺の奥底に沈んでいった。
次の朝、村ではまた“足跡”が雪に残っていた。
そしてその日から、“翔太”と名乗る青年が村の寺に一人で住み始めた。誰にも気づかれないまま、静かに微笑む彼の姿は、どこか“空っぽ”だった。
その後、村に新たな噂が広がる。
「最近、寺に若い男の人影が見えるらしい」
「鈴の音が二つ聞こえるようになったってよ」
「二人で……誰かを待っているのかもしれん……」
——孤独な魂は、一人ではなくなった。
だが、その分だけ、“呼び寄せる力”は、強くなるのだった。
次にその寺を訪れるのは、もしかすると……あなたかもしれない。

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