奇妙な夢
奇妙な夢:忘れ去られた村の囁き
その夜、佐伯涼は目覚めた。汗びっしょりで布団を蹴飛ばし、胸を激しく上下させながら呼吸を整える。夢だった。だが、その夢はただの夢ではなかった。妙に生々しく、触れた感触すら残っているような、不気味な余韻を彼に残していた。
夢の中、涼は見知らぬ山道を歩いていた。霧が立ち込め、辺りは白く包まれている。どこかで鈴の音が聞こえる。「チリン、チリン……」まるで誰かが自分を呼んでいるような、不気味な響きだった。
「……ここはどこだ?」
涼は誰にともなく呟いた。足元はぬかるんでおり、靴が泥に沈むたびに冷たい感触が広がる。まるで現実のような感触に、彼は夢の中にいることを忘れそうになる。
やがて、霧の中から小さな村が現れた。古びた家々、朽ちかけた鳥居、そして何よりも、不自然なほど静かな空気。まるで時が止まったかのような場所だった。
「ようこそ……」
背後から声がした。振り返ると、白い着物を着た少女が立っていた。顔は影に覆われて見えないが、涼の心に何かが刺さるような違和感が走る。
「お前……誰だ?」
「忘れられたものの声を……聞きに来たのでしょう?」
そう言った少女の声は、まるで何人もの声が重なっているかのように響いた。耳障りなハーモニー。それは涼の頭の中に直接語りかけてくる。
「ここは……現実じゃない。夢だ。これは……ただの夢だ!」
そう言い聞かせながらも、涼はその村から目が離せなかった。家々の中から、何かが覗いている気配がする。影のような何かが、彼を監視している。
「目覚めたくば、真実を知りなさい」
少女の声が響くと同時に、涼の目の前にひとつの石碑が現れた。そこには古びた文字が彫られている。
《ここに封ぜられし者、二度と世に出ず》
その文字を読み終えた瞬間、村全体がうめき声を上げた。家の窓から手が伸び、地面から黒い影が湧き出す。涼は思わず叫び声を上げて、後ずさる。
「やめろ……来るな!」
そしてその瞬間、彼は目を覚ました。
朝日が差し込む部屋の中。夢は終わったはずだった。だが、涼の耳にはまだあの鈴の音が残っている。
——チリン、チリン。
「……まさか」
涼は、寝巻きのポケットに何かが入っているのに気づいた。震える手で取り出すと、それは古びた鈴だった。
現実に夢のものが持ち込まれていたのだ。
その夜、再び夢は訪れた。
今度は、村の中心にある神社の前だった。そこにはかつて夢で会った少女が立っている。
「目を逸らしてはなりません。あなたは選ばれたのです」
「……選ばれた? なんのために?」
「村の封印が、今、崩れようとしています。このままでは“あれ”が解き放たれる……」
少女の顔がようやく明るみに出た。そこには、顔の半分が焼けただれた姿があった。
「う……!」
「この村は、罪を隠すために地図から消されたのです。私たちは生きたまま、ここに閉じ込められました」
その瞬間、神社の奥から何か巨大なものの気配がした。地響き、風の唸り、そして……人の呻き声が混ざったような叫び。
「涼さん、封印を……再び……」
少女がそう言いかけた瞬間、黒い霧が彼女を飲み込んだ。涼は咄嗟に神社の扉を押さえ、祈るように呪文を唱えた。なぜその言葉を知っていたのか、自分でもわからない。ただ、本能がそうさせた。
「クナトノカミ、此処ニ留マレ……」
そして、また目が覚めた。
だが今度は、部屋の中に異変があった。床の上に、焼け焦げた紙のようなものが散らばっていた。中央には、夢で見た石碑の写真が焼けたような跡があった。
涼は震えながら携帯を手に取り、検索を始めた。
「忘れられた村……呪い……封印……」
そして、ひとつの記事に行き着く。昭和初期、長野県の山奥にあった村が、ある事件をきっかけに突如消滅したという。火災と疫病、そして行方不明者。村の名前は「久名渡(くなと)」と記されていた。
——久名渡。夢の中で彼が唱えた神の名。
涼は、その記事のコメント欄に気づいた。最も古い投稿は十年以上前のものだったが、最近の返信がひとつだけあった。
『夢を見た者は、もう戻れない』
それ以降、涼の周囲では異変が相次いだ。友人が次々と連絡を絶ち、職場でも彼の声が聞こえないと訴える同僚が現れた。鏡に映る自分の姿は、日に日に薄くなっていくように見えた。
そして、ある日。
涼はついに“あの村”の場所を見つけてしまった。長野の山奥、地図には載っていない谷の奥に、古びた鳥居が確かに存在していた。
「まさか……実在するなんて」
彼は吸い寄せられるように鳥居をくぐり、かつて夢で歩いたのとまったく同じ村の道を進んだ。
そこにあったのは、時間が止まった世界。そして……神社の前には、焼けただれた顔の少女が待っていた。
「ようこそ。涼さん……」
「夢では、なかったんだな……」
「ええ。ようやく、あなたもこちら側へ」
その瞬間、涼の体が霧に包まれ、次第に透けていった。肌も骨も空気の一部となり、声だけが残る。
「……忘れないでくれ。これは……警告だ」
現在、この“久名渡村”に関する情報はすべて削除されている。涼の存在も、家族の記憶から消えていた。
だが、毎夜——チリン、チリン——という音を聞く者が、少しずつ増えている。
あなたの夢にも、きっと現れるだろう。あの村が。
そして、選ばれる。
——次の封印者として。

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