白蛇の呪い

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白蛇の呪い

白蛇の呪い

静かな山村、長野県の奥深くにある「白影村」では、代々語り継がれてきた伝承があった。
「白蛇様を粗末に扱えば、恐ろしい呪いに遭う」——。
村人たちはこの掟を頑なに守り続けていた。

夏休み、大学生の高木悠真(たかぎゆうま)は、友人の早川真琴(はやかわまこと)と共に、民俗学の研究のためこの村を訪れた。

「なあ悠真、本当にこんな辺鄙な場所に伝説が残ってるのかよ?」
車を降りながら、真琴が呆れたように言った。

「だから面白いんだろ?現地取材が一番リアルなんだよ。」
悠真は満足そうに微笑んだ。

村の中心には、苔むした小さな祠があり、白蛇の彫刻が施されていた。

「あれが白蛇様か……古びてるけど、威圧感あるな。」
真琴はカメラを構えた。

「撮るのはやめとけ。変なことになったら嫌だし。」
村人の老婆が突然、背後から声をかけてきた。

「この村では、白蛇様を侮った者に必ず罰が下る。……忘れるな。」

老婆の鋭い眼差しに、悠真と真琴は思わず身を強張らせた。
だが、その忠告もつかの間。

「気にすんなって。観光地みたいなもんだろ。」
真琴は軽く笑いながら、白蛇像の前でピースサインをして写真を撮った。

その夜——。
民宿に泊まった悠真たちの部屋には、異様な冷気が満ちていた。

「なあ、寒くないか?」
「うん……クーラー切ってるのに……。」

二人が顔を見合わせたその時、障子の向こうで、何かが這う音がした。

「……今、聞こえたか?」
「ま、まさか……。」

悠真が震える手で障子を開けると、そこには……ぬらり、と白く長い影が走った。

「な、何だ今の!」

驚いて後ずさる二人の足元に、ぬめるような感触が絡みつく。
見ると、床の隙間から無数の白蛇が這い出してきていた。

「うわぁあああっ!!」
悲鳴を上げ、部屋を飛び出す二人。

だが、廊下も、階段も、外へ続く道も、白蛇で埋め尽くされていた。
まるで逃げ道を塞ぐように——。

「どうする!?外に出られない!」
「とにかく祠だ!あそこに行けば!」

必死に蛇を踏み越え、二人は村の祠へと向かった。

月明かりの下、祠は異様な雰囲気を纏っていた。
近づくと、白蛇像の目が赤く光っているように見えた。

「真琴、お前がやったんだろ!早く謝れ!」
「わ、わかったよ!」

真琴は祠の前にひざまずき、声を震わせながら叫んだ。

「ご、ごめんなさい!悪気はなかったんです!」

その瞬間、ゴオオォ……と地響きのような音が鳴り響き、白蛇たちが一斉に姿を消した。
静寂が戻る。

「助かった……のか?」

しかし、安堵したのも束の間。
真琴の体に、白蛇のような白い模様が浮かび上がっていた。

「お、おい真琴、お前、腕……!」

「え?な、なんだよこれ……。」

その後、真琴は体調を崩し始め、日に日に痩せ細っていった。
病院でも原因不明と診断され、誰も助けることはできなかった。

やがて——。
真琴は、まるで蛇の脱皮のように、皮膚が次々と剥がれ落ち、
最期には、ミイラのように干からびて息絶えた。

葬儀の日、悠真は村の老婆に会った。

「あれは、白蛇様の怒りだ。
一度受けた呪いは、決して解けない。」

老婆は静かに言った。

悠真はただ黙ってうなずき、重く冷たい後悔を胸に、村を後にした。

それから数年後。
悠真の腕にも、うっすらと白い蛇の模様が浮かび始めたという——。

それでも、悠真は諦めきれなかった。
「どこかに……どこかに呪いを解く方法があるはずだ。」

彼は各地の神社や寺を巡った。
最後に辿り着いたのは、白影村の山奥にひっそりと佇む「白巳神社」だった。

神社には、村でも伝説の存在とされる祈祷師、神代(かみしろ)老人がいた。

「……呪いを受けた者は、生きて戻ることはない。だが、たった一つだけ方法がある。」
神代は、かすれた声で語った。

「白蛇様に、命を捧げることだ。」

悠真は目を見開いた。

「命を……差し出す……?」

「呪いを背負った者の命を供物とし、白蛇様の怒りを鎮めるのだ。そうすれば、お前の魂は許されるかもしれん。」

悠真は迷った。
だが、白い模様は日に日に濃くなり、全身に広がっていた。
生き続ける限り、死よりも苦しい苦痛が待っている——それが現実だった。

「……わかりました。」

その夜、神代老人に導かれ、悠真は再び白蛇の祠を訪れた。

祠の前には、すでに村人たちが集まっていた。
顔を隠し、白装束に身を包み、無言で悠真を囲んでいた。

「高木悠真よ、今ここに命を捧げ、白蛇様の怒りを鎮めんことを。」
神代の声が、夜空に響く。

悠真は静かに目を閉じ、祠の前に跪いた。

「真琴……すまない……。」

心の中で、亡き友に詫びながら、彼は小刀を手に取り、胸元に突き立てた。

血の香りが漂う中、祠の中から巨大な白蛇が姿を現した。
その体は、夜の闇に浮かび上がるように、純白だった。

白蛇は悠真の亡骸に近づき、その身を絡めた。
そして、悠真の体を優しく、しかし確実に締め上げると、
ゆっくりと、自らの口の中へと引きずり込んだ。

村人たちは頭を垂れ、祈りを捧げた。

夜明けと共に、白蛇の姿も、悠真の痕跡もすべて消えた。

ただ、祠の前には新たな白蛇の彫像が建てられていた。
それは、悠真の面影を宿しているかのように、どこか哀しげな表情を浮かべていた。

以来——。
白影村では、二度と白蛇の呪いが語られることはなかった。
だが、静かに囁かれている。

「白蛇様の新たな化身が、村を、そして外の世界を静かに見つめ続けている」と——。

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