母の呪い
恐怖の物語: 一人の母親の呪い
私の名前は真由美(まゆみ)。東京でOLとして働いている、どこにでもいる30代の女性だ。母のことを語るのは少し辛い。彼女は数年前、実家のある新潟の山奥で亡くなった。死因は自殺だった。だが、私にはどうしても納得がいかないことがあった。
「お母さんはそんな人じゃなかった……」
生前の母は、信仰深く、毎日仏壇に手を合わせ、地域の人たちとも良好な関係を保っていた。自分の命を絶つなんて、到底思えなかった。
母の死後、父は沈黙を貫き、妹の香織も「放っておこう」と言った。だが私はどうしてもあの家に引き寄せられるような感覚が抜けず、ある日、有給を取って新潟へ向かった。
久しぶりに見る実家は、どこか異様だった。窓には新聞紙が貼られ、庭の木々は荒れ放題。
「誰も……手入れしてないのね……」
家の中は薄暗く、重い空気が漂っていた。まるで、誰かがまだそこにいるような、そんな気配。居間に入ると、母の遺影が仏壇の上に置かれていた。
「……ただいま」
返事はない。ただ、風もないのに鈴の音が微かに聞こえた。
チリン……チリン……
——それは、母が仏壇にかけていた風鈴だった。
「お母さん……?」
私の呼びかけに応えるように、仏間のふすまが、ぎぃ……と勝手に開いた。ぞっとして身体が硬直する。中には誰もいない。ただ、そこに——母の日記が置かれていた。
私は恐る恐るそれを開いた。
『令和○年5月3日——
また、あの声が聞こえた。「あの子を返せ」と……私は何もしていない。なのに、呪いは止まらない。どうか、真由美たちには届きませんように……』
「呪い……?」
私はページをめくり続けた。日記の内容はどんどんおかしくなっていき、最後の方には何度も同じ言葉が繰り返されていた。
『ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい……』
その瞬間、部屋の奥から声が聞こえた。
「まゆ……み……」
振り向くと、誰もいない。しかし空気が明らかに変わった。
私は逃げるように二階の自室に駆け上がった。懐かしい机、古いぬいぐるみ、そして壁に貼ったままの高校時代のポスター。それらの中に——一枚の不自然な写真があった。
それは私と母が笑顔で写っている写真……のはずだった。だが、母の顔だけが黒く塗り潰されていた。
「何これ……誰がこんなこと……」
その夜、私は実家に泊まることにした。寝ていると、夢の中で母が現れた。
「真由美……お願い……逃げて……」
「え? お母さん? なにが——」
すると、母の後ろからもう一人の“母”が現れた。その顔は真っ黒で、口が裂けるほど開き、血を流していた。
「返せぇぇぇえええええ……」
私は叫びながら目を覚ました。額には汗がにじみ、部屋には誰もいない。……はずだった。
押入れが、わずかに開いていた。
ガタッ——
私は恐る恐る近づき、押入れを開けた。そこには、古びた木箱が置かれていた。箱には「封印」と書かれた紙が貼られていた。
「これが……母の言ってた呪い?」
紙を剥がすと、箱の中には人形が入っていた。顔が歪み、両目には赤い糸が縫い込まれていた。
その瞬間、背後から誰かの息遣いが聞こえた。
「……見つけた……」
私は一目散に家を飛び出した。朝になるまで外で震えながら過ごし、そのまま東京へ戻った。だが——
あの人形の呪いは、私を追ってきたのだった。
東京のアパートでも、深夜になると鈴の音が聞こえる。
チリン……チリン……
そして、鏡の中には、あの裂けた口の“母”が映るようになった。
「返せぇ……」
私は今も、毎晩その声に怯えながら生きている。
ある日、妹の香織から連絡が来た。
「ねえ……最近、夢にお母さんが出てくるの。すごく苦しそうな顔で、“渡してはいけないものを渡した”って……」
「香織……あなたも、呪われてるの?」
彼女は小さくうなずいた。
「私ね、小さい頃、納屋で赤い糸の人形を見つけたの。でも怖くて、お母さんに言ったら、“絶対に他の人には話しちゃだめ”って……」
「……それ、今どこにあるの?」
「知らない。数日後、お母さんは突然それを仏間に閉じ込めて、そのまま何も話さなくなった……」
断片が繋がった。
あの人形は、代々伝わる“呪い”だったのだ。触れた者、見た者に取り憑き、最後にはその命を奪う。
母はそれを守ろうとしていたのだ。私たち姉妹に呪いが及ばないように、すべてを一人で背負い込んで……。
だが、その思いは叶わなかった。私はそれを開けてしまった。
そして今、私も……少しずつ、“あちら側”に引きずられている気がする。
もしこの記事を読んで、あなたが鈴の音を聞いたり、夢に誰かが現れたりしたら——それは偶然じゃない。
母の呪いは、誰かに“伝わる”ことで、力を弱めるとも言われている。
だから、どうか覚えていて——
この話を“最後まで読んでしまった”あなたには、もう……逃げ場はない。
——チリン……チリン……

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