学校の怪談

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学校の怪談

学校の怪談:深夜の音楽室

 静かな山奥にある古びた中学校——「白鷺中学校」。そこには、長年にわたって語り継がれている恐ろしい噂があった。特に有名なのは、「深夜の音楽室」の怪談である。

 この学校に通う二年生の結城遥(ゆうき はるか)は、都市伝説が大好きな少女だった。ある日、彼女は親友の佐藤涼(さとう りょう)と共に放課後の図書室で「学校の七不思議」について調べていた。

「涼、見てよこれ!“午前零時ちょうどに音楽室のピアノが一人でに鳴り出す”んだって!」
「はは、そんなの誰かが適当に書いたんだろ。古い学校にはよくある話さ。」

 だが遥の目は真剣だった。
「実際に確かめてみようよ。今夜、こっそり学校に忍び込んで。」
「えっ、本気で言ってるのか?」
「うん、私こういうの大好きなんだもん。怖いけど…確かめたいの。」

 二人は放課後、それぞれ家族に「お泊まり勉強会」と嘘をつき、深夜に学校へ向かった。月明かりに照らされた白鷺中学校は、昼間とはまったく違う雰囲気を放っていた。

 校門を越え、窓から中に忍び込む。二人は懐中電灯を頼りに音楽室へと向かった。

「しん…としてるな…」
「当たり前だよ。今、夜中の十一時半。」

 音楽室は三階の端にあった。錆びたドアの前に立ち、遥がドアノブをゆっくりと回す。

「ギィィ…」
 ドアが不気味な音を立てて開いた。中はひんやりとしており、ピアノが月明かりに浮かび上がるように見えた。

「まるで…誰かが待ってるみたいだね。」
「冗談やめろよ遥…」

 時計は11時58分を指していた。遥と涼は、音を立てないようにピアノの陰に身を潜めて、時を待った。

 そして——
 午前0時。

 ——ポーン

 一音、ピアノの鍵盤が押された。

「……っ!」
 二人は息を呑んだ。誰も弾いていない。だが、再び——
 ——ポロロロロ……ン

 不気味な旋律が流れ始めた。

「誰かいるのか!?」涼が叫んだが、返事はない。
 次の瞬間、音楽室の壁に掛けられた鏡が揺れ始め、ぼんやりと女性の姿が映り込んだ。

「……きいて……わたしのうた……」

 鏡の中の女がそう囁いた。髪は長く乱れ、顔は見えない。だが、ピアノは彼女の意思で奏でられているようだった。

 遥が恐る恐る近づくと、ピアノの譜面台には、古びた楽譜が開かれていた。タイトルにはこう書かれていた——「追悼のレクイエム」。

「この曲…聞いたことある。戦前にこの学校で自殺した音楽教師が作ったって…」
「えっ!? マジかよ…!」

 楽譜の下に、一枚の紙切れが挟まれていた。そこには、震える筆跡でこう書かれていた。

「この曲を最後まで聴いた者は——二度と朝日を拝めない」

 二人は顔を見合わせた。だがその時、ピアノの旋律が激しく変調した。怒りとも悲しみともつかない、狂気のような音が響き渡る。

「逃げよう!」
「でも…!」

 遥が躊躇している間に、鏡の中の女性の手がガラスを突き破り、こちらに向かって伸びてきた。

「早く!!」涼が遥を引っ張り、二人は音楽室を飛び出した。背後からは、ピアノの音が追いかけてくるように響いていた。

 階段を駆け下り、正門に向かって走る。だが——

 ——校門が無い。

「えっ…!? ここに門が…!」
「どういうこと!? 出られない…!?」

 その時、校庭の中心に、白いワンピース姿の女が立っていた。髪は濡れたように黒く、顔は影に隠れて見えない。

「どうして…わたしのうた、最後まで聴いてくれなかったの……」

 涼が懐中電灯を向けた瞬間、女の顔が照らされる——そこには、目も口も無い、のっぺらぼうの顔があった。

 二人は悲鳴をあげ、再び校舎の中へ逃げ込んだ。廊下が迷路のように変わっており、出口がどこにも見当たらない。

「遥…これって、夢なのか…?」
「わからない…でも、あの楽譜を戻さなきゃ…!」

 遥はひとつの仮説を立てた。「あの楽譜を元に戻せば、呪いが解けるかもしれない」と。

 二人は再び音楽室に向かった。そこでは、女性の霊がうつむきながらピアノを弾き続けていた。

 遥はそっと譜面台に楽譜を置き、頭を下げて呟いた。

「先生、ごめんなさい。ちゃんと、聴きます…あなたの、最後のレクイエムを。」

 その言葉に、霊の指がゆっくりと最後の旋律を奏で、そして——静寂が戻った。

 鏡の中の姿が消え、校舎に朝日が差し込んだ。気づけば、二人は正門の前に立っていた。夜は明けていた。

「……助かった…のか…?」
「うん……きっと、あの先生も…やっと成仏できたんだよ。」

 その日以来、音楽室の怪談は語られなくなった。だが——校舎の三階の壁にある古い鏡には、今でも時折、長い髪の女が映り込むという…。

 数日後、遥は再び図書室を訪れた。古い新聞記事を読み漁る中、一枚の切り抜きが目に留まった。

《昭和三十年——白鷺中学校の音楽教師、黒崎和子、校舎内で自死。遺書には“誰も私の音楽を聴いてくれなかった”と残されていた。》

 遥の背筋が凍った。記事には、和子の写真も載っていた。鏡に現れた女と、そっくりだった。

「やっぱり……本当にいたんだ……あの人……」

 そして今でも、夜になると音楽室の扉の奥からかすかに聞こえるという。
 悲しみを纏ったレクイエムが——

 「……わたしの、うたを……きいて……」

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