江戸時代の怪談

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江戸時代の怪談

江戸時代の怪談:深川の女中屋敷

江戸時代中期、深川の片隅に、名を伏せられた古びた女中屋敷があった。大店の奉公人たちが寝泊まりする場所で、昼間は賑やかで活気に溢れていたが、夜になると誰もが口を噤み、決して屋根裏には近づかなかった。

ある晩、新しく奉公に入ったばかりの娘・お葉(おは)は、先輩女中たちの話に耳を傾けていた。

「お葉、お前も今夜からこの部屋に寝るけど……夜中に音がしても、絶対に屋根裏を覗いてはいけないよ」

そう言ったのは、お貞(おさだ)という年長の女中だった。その顔は真剣そのもので、冗談を言っている様子は微塵もなかった。

「屋根裏……何がいるんですか?」

お葉は震える声で尋ねた。

「昔、この屋敷で女中のひとりが失踪したんだ。名前はおしの。彼女は誰にも告げずに屋根裏へ上がって、それっきり戻らなかった。数日後、屋根裏から異臭が漂い始めて……それからだよ、夜中に足音が聞こえるようになったのは」

お葉はぞっとして襖を見つめた。屋根裏へ続く梯子は古く、今にも崩れそうなほどだった。

その夜——。

夜も更け、他の女中たちはすでに寝息を立てていた。しかしお葉は眠れなかった。耳を澄ますと、「ギィ…ギィ…」と誰かが歩くような音が天井の上から聞こえてきた。

「……本当に、いるの?」

お葉は怖さを振り払うように、ふとんを抜け出した。先輩の忠告も頭をよぎったが、好奇心がそれを上回った。

階段をそっと上り、屋根裏の戸を開けると、冷たい空気が顔に当たった。

「誰か、いますか……?」

暗闇の中、何かが動く気配があった。目が慣れてくると、奥に白い着物の女がうずくまっているのが見えた。

「おしの……さん?」

その瞬間、女は顔を上げた。そこには目も鼻も口もなく、ただの白い面のような顔があった。

「——かえして」

お葉の耳に直接響くような声だった。身体が動かず、声も出ない。女は這うように近づき、お葉の手を掴んだ。その手は異常に冷たく、皮膚にぴたりと吸い付くようだった。

「おまえ……替われ……」

叫び声が屋敷中に響いた。

翌朝、お葉は布団の中で目を覚ました。全身が冷え切っており、昨夜の出来事は夢かと思ったが、右手には確かに冷たい指の跡が残っていた。

女中たちの中で、その話はすぐに広まった。

「お葉、あんた……見たんだね……」

お貞が呆然としながら言った。

それからというもの、お葉の様子は徐々に変わっていった。目が虚ろで、誰の呼びかけにも反応しない。夜になると、屋根裏を見上げては、ぼそぼそと何かを呟いていた。

そしてある夜——。

お葉の姿が忽然と消えた。寝床もそのまま、着ていた衣も残されていた。ただ、屋根裏へ続く梯子に、小さな手形が幾つも浮かび上がっていたという。

屋敷では再び異臭が漂い始め、夜ごとに足音が戻ってきた。

数年後、その女中屋敷は取り壊された。だが、そこに建てられた新しい長屋でも、夜な夜な天井裏から足音が響くと、今でも語り継がれている。

……だが、話は終わらなかった。

長屋が建った後、そこに住むことになったのは、貧しい浪人・川村清之助とその娘・おたま。

「父さま、また天井から音がしたよ……」

幼いおたまが怯えた声で言った夜、清之助は家の中をくまなく調べたが、何も見つからなかった。

「この家は古い。鼠の仕業じゃろう」

だが、夜ごと音は大きくなり、ある晩には明らかに女の呻き声が聞こえた。

「くるしい……くるしい……かわって……」

清之助はついに天井裏に松明を持って上がった。そして、埃まみれの奥で、一枚の古い鏡を見つけたのだ。

その鏡には、白い着物の女が映っていた。だが、振り返っても誰もいない。

その夜、清之助は悪夢にうなされた。鏡の中の女がじっと自分を見つめ、「おまえも、こい」と囁く夢だった。

翌朝、鏡は割れており、破片が奇妙な形に散らばっていた。中でも、ひとつの破片だけは血のように赤く染まっていたという。

おたまの証言によれば、その晩、父は突然叫び声を上げて姿を消したという。

そして……再び、屋根裏の音が戻った。

深川のその地には、今では小さな駐車場があるが、地元の老人たちは今でも言う。

「夜、そこを通る時は空を見上げるな。屋根裏から、白い顔が覗いてるぞ」

江戸時代の怪談の教訓:
語り継がれる怪談には、終わりがない。誰かが耳を傾け、誰かが足を踏み入れる限り、その霊は今もどこかで待ち続けているのだ。

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