皮膚の下の悪夢
皮膚の下の悪夢:ある村に潜む恐怖の真実
夏の終わり、大学生の秋山真理(あきやま まり)は、卒業論文のために日本の秘境とされる山間の村「水ノ尾(みずのお)」を訪れた。村は地図にはほとんど載っておらず、携帯の電波も通じない。そこには古くから「皮膚病神(ひふびょうがみ)」という奇妙な伝承があるという。真理はその噂に強く惹かれ、調査を始めた。
「この村には…『皮膚の下に何かが棲む』って言い伝えがあるんですよ」
村で出会った唯一の若者、村田蓮(むらた れん)は、どこか陰のある瞳でそう語った。
「皮膚の下に?」と真理は聞き返した。
「ええ、夜になると…体が勝手に動いたり、皮膚がうねるんです。まるで、何かが…中で生きているように」
真理は蓮の言葉を半信半疑で聞いていた。彼女の目的は、ただの古い迷信を卒論にまとめることだった。だがその夜、宿として借りた古民家で、彼女は初めて“それ”を体験することになる。
午前二時。真理はうなされるような感覚で目を覚ました。汗ばんだ体を起こし、腕に目をやると、皮膚の下を何かが這い回るような動きが見えた。
「なにこれ…?」
彼女は慌てて電気を点け、鏡の前に立った。二の腕の皮膚が波打つように動いている。触っても何もないが、確かに“何か”がいる。
その瞬間、耳元で小さな囁きが聞こえた。
「帰れないよ…ここまで来たら、もう…」
真理は悲鳴を上げて倒れ込んだ。
翌朝、彼女は地元の老婆・花代(はなよ)を訪ねた。村では古くから儀式で語り継がれる口承があり、花代はその伝承を守る最後の巫女だった。
「皮膚の下にはね、“古虫(こちゅう)”というものが棲むのさ。昔、山の奥で死んだ飢え人たちの怨念が、虫になって人に取り憑くんだよ」
「怨念が、虫に…?」
「飢えて死んだ者は、食う側になりたくてのう…。その虫は皮膚の下から少しずつ心を食い、やがてその人を完全に乗っ取るのさ」
真理は背筋が凍るのを感じた。
「どうすれば、それを…取り除けるんですか?」
花代は沈黙し、しばらくしてから呟いた。
「一度、喰われたらもう遅い。ただ、儀式でそれを封じることは…できるかもしれん」
花代の提案で、村の古い神社で封印の儀式を行うことになった。日が沈み、真理は白装束を着せられ、神社の中央に立たされた。村人たちは沈黙の中で見守る。
祝詞が始まった瞬間、真理の皮膚が再びうねり始めた。顔、腹、脚…全身が蠢く。苦痛と恐怖で彼女は叫び声をあげる。
「うぁあああああっ!!」
そのとき、皮膚が裂け、中から黒く光る虫のような何かが顔を出した。村人たちの目の色が変わり、誰かが叫ぶ。
「これは…!巫女の器だ!」
次の瞬間、真理の体は宙に浮き、黒い霧に包まれた。霧の中から聞こえるのは、彼女の悲鳴と、無数の囁き声だった。
「もう…帰れない」
翌朝、神社には真理の姿はなかった。ただ、白装束だけが地面に落ちていた。
蓮はその後、誰にも真理のことを話さなかった。だが時折、神社の裏手から、彼女の声が聞こえると言われている。
「私の中にいるの…あなたも、すぐに…」
皮膚の下に潜む悪夢。それは今も、水ノ尾の村で静かに広がっている。
水ノ尾村の伝説と「皮膚の下の悪夢」について
この物語は、日本の田舎に根付く民間伝承と心理的恐怖を基にしたフィクションである。「皮膚の下の悪夢」は、外から見えない異常が内側から迫ってくるという不気味さを通じて、人間の無力さと孤立を描いている。
本作では、「古虫」という架空の存在を通して、日本の伝統的な“憑依”の概念と現代的な身体ホラーを融合させた。人の中に入り込む“何か”が、心と肉体を支配していく描写は、観る者・読む者に深い不快感と恐怖を与える。
真理のように、ただの学術的好奇心から“未知”に触れた者が、逆にその存在に取り込まれてしまうという構造は、日本の怪談に多く見られる特徴でもある。
真理の消失と蓮の変化
数日後、真理が消えたという噂は村の中でも密かに囁かれ始めていた。しかし、村の者たちは口を閉ざし、外部の者に話すことはなかった。
唯一、真理と接触を持った蓮だけが罪悪感と恐怖に苛まれていた。あの夜、儀式の最中に見た“虫”の姿、そして彼女の断末魔の叫びが耳から離れなかった。
「……俺は知ってた。あの神社の儀式は、“封印”なんかじゃない。“生贄”だった」
夜になると、蓮の体にも異変が起こり始めた。最初は軽い痒みだった。しかし次第に、それは皮膚の下を這い回る感覚へと変わっていった。
「まさか……俺にも?」
腕をめくると、真理と同じように皮膚が波打っていた。そのとき、ふと頭の中に彼女の声が響く。
『ねえ、蓮くん……一緒に来て』
蓮は耐えられなくなり、真理が消えた神社へと向かった。
真相の神社と“中の者”
神社は、月明かりに照らされ静まり返っていた。だが、本殿の奥には黒ずんだ霧が渦巻いており、その中心に何かが立っていた。
「……真理……?」
そこには、真理によく似た“何か”が立っていた。しかし、彼女の瞳には光がなく、口元は不自然なほどに裂けていた。
「もう戻れないんだよ、蓮くん。私たちは“中の者”に選ばれたの」
「皮膚の下にいる存在。それは“私たち”なの。人間は、ただの器にすぎない」
その瞬間、蓮の体中が熱くなり、皮膚が焼けるような感覚に襲われた。視界が歪み、足元がぐらりと揺れる。苦しみの中で、彼は何かに吸い込まれるように意識を失った。
地下の巫女たちと村の真実
――目を覚ましたとき、蓮は神社の地下にいた。そこには無数の“器”が並んでいた。白装束のまま、動かず、喋らず、ただそこに“いる”。
「ようこそ、巫女の間へ」
花代の声が響く。だが、彼女の姿は以前とはまるで違っていた。目は真っ黒に染まり、口からは小さな黒い虫が這い出ていた。
「お前も立派な器になったね。これでまた村は守られる」
真理、蓮、そして無数の犠牲者たちは、この村の“皮膚”となり、今も生き続けている。
おわりに:「皮膚の下の悪夢」はまだ終わらない
この話を読んでいるあなたも、もしかすると――背中に痒みを感じたり、皮膚の下に何かが動いている気がしたりしないだろうか?それは、偶然ではないかもしれない。
水ノ尾村は実在しない。……はずだ。だが日本には今も、外部と断絶された集落が数多く存在する。あなたが次に訪れるその場所で、誰かがこう囁いたなら――
「皮膚の下に、何か動いてない?」
そのときこそ、“悪夢”の始まりかもしれない。

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