雪女の誘惑
雪女の誘惑──雪山に消えた村人の謎
冬の夜、東北の小さな村「白鷺村」では、雪が降り積もり、あたり一面が静寂に包まれていた。外に出る者などいないはずのこの時期、村の若者・涼介(りょうすけ)は一人、雪山へと足を踏み入れていた。
「おかしい……確かにここで声が聞こえたはずだ」
涼介は、昨日の夜から行方不明になっている友人・剛(ごう)を探していた。剛が最後に目撃されたのは、雪山のふもとだという。村の年寄りたちは「雪女の仕業だ」と噂していたが、涼介はそんな迷信を信じなかった。
「雪女なんて、ただの昔話だ……」
しかし、山の奥へと進むにつれ、異様な気配が涼介の背後に忍び寄ってくる。冷たい風が吹きすさび、耳元で誰かが囁くような声がする。
「来て……こっちへ……」
突然、目の前に白い影が現れた。長い黒髪、透けるほど白い肌、そして氷のように冷たい瞳を持つ女が、雪の中に立っていた。
「……お前は……誰だ……?」
女は薄く微笑み、ふわりとした足取りで涼介に近づく。
「私は……あなたを待っていたの」
その声は、どこか懐かしく、そして深く心を揺さぶる甘美な響きを持っていた。涼介の頭の中に霧がかかったようになり、意識が遠のきそうになる。
「剛……剛はどこだ!?」
涼介は意識を集中させ、必死に問いただす。女は少し悲しそうに目を伏せ、やがて指を差す。
「……あの雪の下に……眠っているわ」
涼介が指差された方向へ駆け寄ると、そこには雪で覆われた何かがあった。慌てて雪を掘ると、そこには冷たくなった剛の遺体が横たわっていた。
「剛……!」
涙がこぼれる涼介。しかしその背後で、またあの甘い声が囁く。
「次は……あなたの番よ……」
振り向いた時にはもう遅かった。女の瞳が氷のように輝き、涼介の体は動かなくなる。冷たい唇が彼の頬に触れた瞬間、彼の意識は闇に沈んだ──。
──数日後、村人たちは雪山で涼介と剛の遺体を発見した。まるで眠るような安らかな顔で、互いに寄り添うように倒れていたという。
村の老人は、深いため息をつきながら呟いた。
「また雪女が……男の魂を連れていったか……」
それ以来、白鷺村では雪が降る夜には決して山に近づかぬよう、固く言い伝えられるようになった。あの雪女は今も、誰かを誘惑し続けているのかもしれない──。
【雪女の伝承と村の恐怖】
白鷺村には、雪女にまつわる古い言い伝えがある。村の神社には「氷の姫」と呼ばれる像が祀られており、雪の季節には供物を捧げ、祈りを捧げる習慣があるという。それを怠ると、雪女が怒り、村の若者を連れ去るというのだ。
村の長老・源蔵(げんぞう)は、涼介と剛の死を受け、こう語った。
「昔、雪女はこの村の男に恋をしたが、裏切られて山に捨てられた。それ以来、彼女は愛する者を探し続けている……」
源蔵は毎年、神社に捧げ物を持っていき、雪女の怒りを鎮めようとしていたが、今年は村人の多くがそれを怠っていた。涼介たちはその報いを受けたのではないかと、村には恐怖が広がった。
【雪女の誘惑は終わらない】
春になっても、涼介と剛の死の噂は村を離れず、雪女の伝説は新たな恐怖を呼んでいた。涼介の妹・美咲(みさき)は、兄の死に納得がいかず、一人で神社を訪れた。
「兄を返して……!」
涙ながらに祈る美咲。その時、神社の奥から、風もないのに鈴の音が響いた。ふと境内の隅を見ると、白い着物を着た女性が、静かに佇んでいた。
「あなたも……誰かを待っているの……?」
美咲が問いかけると、女は微笑み、すっと雪の中に姿を消した。
──あれは幻だったのか、それとも兄を連れていった雪女本人だったのか。
今も白鷺村では、雪の夜に山を見つめてはいけないとされている。誰かが山の方を見つめると、白い影が現れ、微笑みながら手を差し伸べるのだという。
「こっちへおいで……あたたかいわよ……」
その声に導かれた者は、もう二度と帰ることはない。雪女の誘惑は終わらない。
【雪女を封じる方法】
伝承によれば、雪女に出会ってしまった時は、決して目を合わせず、名前を呼ばれても返事をしてはいけないとされている。彼女の瞳を見れば、魂を奪われ、声に応えれば、心を囚われる。
白鷺村では今も、雪が降る夜、窓に紙を貼り、鏡を覆って過ごすのが習わしだ。雪女の姿を映さないためである。
──今宵も雪が降っている。白き闇に潜むその女は、あなたを誘っているのかもしれない──。

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