深夜の足音
深夜の足音
夜の静けさが支配する小さな町、黒崎町。この町には古くから「深夜の足音」の伝説があった。
「午前二時になると、どこからともなく足音が聞こえる。それは、決して振り向いてはいけない音だ。振り向いた者は……二度と帰ってこない。」
そんな話を、高校生のユウタは友人のカズキから聞かされた。
「そんなの迷信だろ?」
ユウタは鼻で笑った。オカルト話は嫌いではなかったが、幽霊を信じるほど子供ではない。
「なら、今夜試してみるか?」
カズキが挑発するように笑う。
「……いいぜ。どうせ何も起こらない。」
こうして二人は、夜の黒崎町に繰り出すことになった。
夜の十一時、二人は町の裏道にいた。街灯はまばらで、影が長く伸びている。
「午前二時まであと三時間か。」
カズキは腕時計を見ながら言った。
「こんな町の伝説、本当に信じてるのかよ?」
「俺も半信半疑だけどな。お前が怖がらないか試してみたいんだよ。」
「バカバカしい。」
ユウタはため息をついた。だが、心のどこかで不安を感じていた。
時間が経ち、午前二時が近づいた。
「そろそろだな。」
カズキが周囲を見渡す。
町は完全に静まり返っている。虫の鳴き声さえも消え、冷たい風が二人の肌を撫でた。
そして――
「コツ…コツ…コツ…」
不意に、遠くから靴音が響いた。
「……え?」
ユウタは思わず身を硬くする。カズキも息を呑んだ。
「誰か、いるのか?」
カズキが小声で言う。
足音は一定のリズムで近づいてくる。だが、不自然なことに影がない。
「まずい、これ……本物かもしれない。」
カズキの顔が青ざめた。
ユウタも全身が凍りついたようだった。
「おい、逃げよう。」
ユウタがそう言おうとした瞬間――
足音がピタリと止まった。
「……」
二人は息を殺した。目の前には、誰もいない。
しかし、明らかに"何か"の気配を感じる。
「振り向くな……」
カズキが震える声で言った。
ユウタも必死に前だけを見た。だが、背後から何かがこちらを"見ている"感覚が消えない。
「コツ…コツ…」
再び足音が鳴り響いた。
今度は――二人の周りを回るように。
「嘘だろ……?」
冷や汗が流れる。
次の瞬間、カズキが叫んだ。
「うわああああ!」
彼は恐怖に耐えられず、走り出した。
「おい、待て!」
ユウタも後を追おうとしたが――
「コツ…」
耳元で、はっきりと足音が聞こえた。
「……っ!」
彼は無意識に振り向いてしまった。
そして、そこには――
何も、なかった。
だが、確かに"何か"がそこにいる。
視界がぐにゃりと歪み、耳鳴りがした。
ユウタは目の前が暗くなり、意識を失った。
***
翌朝、ユウタは自宅の布団の上で目を覚ました。
「……夢、だったのか?」
頭がぼんやりしている。昨夜の記憶はあやふやだった。
「カズキ……どうしたんだ?」
彼に連絡を取ろうとスマホを手に取った。
しかし――
カズキの番号が、消えていた。
スマホの写真フォルダからも、彼の姿が消えていた。
「嘘だろ……?」
ユウタは震える手で、家族にカズキのことを聞いた。
しかし、返ってきた答えはこうだった。
「カズキ?そんな人、知らないよ。」
――カズキの存在そのものが、この世から消えていた。
「コツ…コツ…コツ…」
その時、玄関の前から足音が聞こえた。
ユウタは、もう二度と振り向かないと誓った。

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