鬼の棲む家
鬼の棲む家
日本の山奥には、決して足を踏み入れてはならない家があるという。古びた木造の家、その周囲には鳥居が立ち並び、まるで何かを封じ込めるように見える。その家に一歩でも入れば、二度と戻れない――そんな噂が広がっていた。
都市伝説に興味を持つ大学生・高橋涼(たかはし りょう)は、友人の石田真司(いしだ しんじ)、松本彩香(まつもと あやか)と共に、その家を探しに行くことにした。
「本当にあるのかな?」彩香は不安げに言った。
「噂にすぎないさ。でも、本当に鬼がいるなら面白いだろ?」涼は笑いながら地図を見た。
「俺たちが最初の探検者ってわけじゃないしな。誰も帰ってこなかったってのは、ただの誇張だろ。」真司は肩をすくめた。
そうして三人は、山道を歩き続け、やがて森の奥にその家を見つけた。家の前には、赤く塗られた鳥居が立っており、その木には無数の御札が貼られていた。
「……嫌な感じがする。」彩香は小さく呟いた。
「大丈夫だって。ほら、入ろうぜ。」涼が先に鳥居をくぐる。
その瞬間、ひんやりとした空気が三人を包んだ。
家の中は驚くほど静かだった。埃っぽい畳、破れた障子、そして壁に残る奇妙な傷跡。まるで何かが暴れたような痕跡だった。
「誰か住んでたのか?」真司が床に落ちていた古い草履を拾い上げた。
「どうかな……。」涼が懐中電灯を照らしながら進む。
突然、奥の部屋から『ガリ……ガリ……』と何かを引っ掻く音が聞こえた。
「……何の音?」彩香が息をのむ。
三人はそっと襖を開けた。
そこには、異様な光景が広がっていた。
古い木の床に爪で書かれた無数の文字。どれも「出られない」「助けて」と繰り返し書かれていた。
「やばくないか……?」真司が青ざめる。
その時、『ドン……ドン……ドン……』と、家全体が揺れるような重い音が響いた。
「な、何かいる……!」彩香が叫ぶ。
涼が懐中電灯を向けた瞬間、奥の暗闇から何かが現れた。
それは、巨大な影だった。
角の生えた異形の鬼が、真っ赤な目で三人を睨んでいた。
「……人間が来たのか……。」
低く、地の底から響くような声。
「に、逃げろ!!」涼が叫んだ。
三人は一斉に走り出した。だが、玄関はすでに消えていた。
「嘘だろ……出られない!?」真司が愕然とする。
鬼の足音が近づく。畳を踏みつける重い音が響くたびに、家全体が軋んだ。
「どこかに出口が……!」彩香が涙目で探し回る。
その時、壁の一部に小さな隙間を見つけた。
「ここから出られるかも!」
三人は必死に隙間に向かって走る。しかし、鬼はすぐ背後まで迫っていた。
「……逃がさない……。」
鬼の腕が伸びる。その巨大な手が涼の肩を掴んだ。
「うわあああ!!」
しかし、その瞬間、外から強烈な鐘の音が鳴り響いた。
『ゴーーーン……!』
鬼は苦しそうにうめき声を上げ、手を離した。
涼はすぐさま隙間をくぐり、外へ飛び出した。
気がつくと、三人は家の外に倒れていた。
「生きてる……?」彩香が息を切らしながら言った。
「多分な……。」涼は肩を押さえながら起き上がる。
振り返ると、家はすでに消えていた。
「何だったんだ、あれは……?」真司が呆然と呟く。
だが、その腕には爪痕が残っていた。
「この傷……嘘じゃない……。」涼は震えながら言った。
帰り道、三人は一言も喋らなかった。
数日後、涼の体に異変が起こった。肩を掴まれた部分が黒く腫れ上がり、夜な夜な「お前は私のものだ……」という囁きが聞こえるようになった。
真司と彩香も同じく、夜中に奇妙な気配を感じるようになった。夢の中であの鬼が立っている。出口のない家の中で、にやりと笑っているのだ。
「……お前たちはまだ終わっていない。」
三人は、何かに取り憑かれたのだろうか。
やがて、涼は失踪した。部屋には「また戻る」と爪で刻まれた文字が残されていた。
鬼の棲む家は、今も誰かを待っている――。
(完)

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