オフィスでの恐怖
オフィスでの恐怖──深夜に響く囁き声
東京都内のビル街、その一角にある「黒崎商事株式会社」。
この会社では、毎年、深夜に起こる奇怪な現象が噂されていた。
主人公・佐伯翔太(さえきしょうた)は入社2年目の営業マン。月末の締め処理に追われ、同僚の村瀬綾乃(むらせあやの)と共にオフィスで残業していた。
時計はすでに午前0時を回り、オフィスのフロアには二人だけが残っていた。
「綾乃さん、終電大丈夫ですか?」
「平気よ、今日は実家に泊まるから。翔太君こそ、疲れてない?」
その時、突然──
「ピィ……ガガ……」
蛍光灯がチカチカと点滅し、コピー機がひとりでに動き出した。
「……誰も操作してないよね?」
「また機械の不具合かも……この時間になると、よくこうなるの」
綾乃はそう言って笑ったが、その笑顔はどこかぎこちなかった。
「……綾乃さん、この会社って……何か、あるんですか?」
「……実はね、私が新人の頃、夜勤中に……一人の先輩が……」
綾乃の話によれば、5年前、深夜勤務していた社員が密室の会議室で亡くなったという。
「突然、心不全で倒れたって。でも、その日も、コピー機が勝手に動いてたらしいの」
翔太の背筋に冷たい汗が流れた。
「ピィ……ガチャン……」
再びコピー機が動き、紙が吐き出された。
そこに印刷されていたのは、何も入力していないはずの文字列──
『かえして……』
「……ふざけてるのか?」
「そんなこと、私たちにはできない……」
二人が紙を見つめた瞬間、廊下の奥から「カツ……カツ……」と、革靴の足音が響いた。
「……誰か、残ってるの?」
翔太が廊下を覗くが、誰もいない。
その時、会議室の扉が音もなく開いた。
「……そこは、5年前に……」
綾乃の言葉が止まる。
会議室の中には、誰もいないはずだった。だが、椅子が勝手に動き、テーブルの上にはコーヒーカップが一つ、湯気を立てていた。
「……誰か、いる……?」
その瞬間──ガシャーン!
コピー機が爆音を立てて壊れ、真っ黒な紙が吐き出される。
翔太がその紙を拾い上げると、そこには先ほど見た社員証が写っていた。
名前は「黒崎真一」。
5年前に亡くなった社員の名だった。
「……黒崎さんが、帰ってきた……?」
突然、照明が全て落ち、真っ暗になったオフィスに、呻き声が響く。
「かえして……データを……」
翔太が携帯のライトを点けると、目の前にスーツ姿の男が立っていた。顔は崩れ、血に染まった目がこちらを睨んでいる。
「黒崎さん……!」
綾乃が悲鳴を上げると、男の姿は一瞬で消えた。だがその後も、オフィス中の電話が一斉に鳴り響き、パソコンには「返せ」「返せ」の文字が繰り返し表示された。
「……データ? 何を返せば……?」
翔太はサーバー室に向かった。そこで彼は、5年前の未整理フォルダを発見。中には、黒崎が残した重要な情報と、内部不正の証拠が記録されていた。
「これが……真実……?」
ファイルを復元し、外部へ送信した瞬間──オフィスに静寂が戻った。電話も鳴り止み、照明が正常に点いた。
コピー機の上には、一枚の紙が置かれていた。
そこには、黒崎の署名と共に、一言が記されていた。
『ありがとう』
その夜以降、オフィスでの怪現象はぱったりと止んだという。
しかし、深夜0時を過ぎると、誰もいないはずの会議室から、カツ……カツ……と足音が響くという。
──黒崎の魂は、本当に安らげたのだろうか。

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